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信頼できる人

その人が信頼できるかどうかは、
考えているだけではなかなか分からないものですが、
現実に、裏切り行為があったり、それが疑われたりするときに、
許すことができるかどうかで判断できます。

この人が私を裏切るわけがない、と思っているような人なら、
「何か事情があるに違いない」と思えます。
そういう人は自分にとっては「信頼できる人」なんです。

その何かの事情が何であるか、それが正しい判断かどうかが分からなくても、
その人が信頼できる人なら、その人の判断は正しいと信じられるのです。
それは、その理論が分からなくても、
アインシュタインが言ったこと、というだけで信じられるのと同じです。
その人が偉い人であればあるほど信じられます。
その人が身近であればあるほど信じられるのです。

それだけではありません。
これまで「裏切り行為」と思っていたものが、
「もしかするとそうでもないのかも」とまで思えてくるのです。

みなさん、そういう経験はありませんかね。

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コメント

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No title

内緒さん、「信じなさい信じなさい信じるものは救われる」って誰が言っているのですか。
「信じ続ける事」と「悪法も法なり!」を受け入ることとはイコールではありませんね。

No title

慧さん、私は「信頼」必ずしも「期待」ではないと思っています。

No title

これは医学書に書いてある記述で私も真偽は知りませんが
・・内緒に書き換えますね。
心の在り方としての、純粋な信頼だけを信頼とするなら信頼でしょうが、信頼と錯覚しているのが、勝手な期待。。
それを超越して無いものは、信頼でも何でも無いと言う意味です。。

No title

kiyoryさん、おはようございます。
この記事は、一般的な話ですので「裏切り」と言っても具体的な何かがあるわけではありません。
「この人にこんなことされる筈がない、ということをされたようなとき」というくらいの意味です。
具体例で言えば、自分についての情報が漏れていることに気付いたとき「この話はあの人にだけしか話してないはずだから、あの人が漏らしたのではないか」と疑うような場合とか、「あの人、私を試している」と受け取れるような場合とか、いろいろの場合があると思います。

No title

すみません。私が信頼している人から裏切られたのではないかと疑って・・・というより、その人がある人達から悪者扱いされても自分は信じられたという経験だけで「あります。」と答えました。
尊敬していた人だったので、その人から多少理不尽だと思う目に遭わされても、自分が悪いのかなと思ったことがあるという意味でも。

裏切りに関しては、私もどういうことかわかっていないような気がします。
客観的に言えば裏切り行為のような目には遭ってきていますが、裏切られたという思いも、そういう言葉も自分の概念の中にないですね。
矛盾するようですが、そんなに人を信用していないのだと思います。
疑っているということではなくて、人間そんなものという前提で信頼しています。

No title

聡美さん、そういう経験がない?。
それはお幸せですね。

No title

kiyoryさん、単純明快なコメントですね。
できれば、具体的に聞きたかったですね。

No title

わかりません。
裏切られたことがないような気がします。。
裏切られる、というのがどういうことなのか分かってないのかもしれません。。

No title

あります。
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極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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