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言葉の意味

人とコミュニケーションするためには、多くの場合言葉を使います。
そのとき言葉は人(相手)に何を伝えているのでしょうか。
こういう疑問に答えようとするのが、哲学ないし言語学の意味論です。

言葉の意味については、諸説がありますが、
私は言葉の意味を、他の言葉と相対的に位置づけする考えに賛成です。
言葉の意味が相対的に形成されているということを説明するのに、もっともよい方法は、
比較(相対)する相手がない状態を考えてみることです。

例えば、もしこの世界がすべて赤い色をしていたら、比較する他の色がありませんので、
他の色と区別はできないし、そのいろを指差しで示すことも意味がありません。
「赤い」という言葉を使う場面はなく、「赤い」という言葉も必要がありません。
したがって、「赤い」という言葉も生まれません。
このように言葉の意味は他のものがあって初めて相対的に決まるのです。

言葉は、いくつかの言葉が集まって、グループで意味を形成します。
例を上げましょう。
一方でなければ他方であることが決まる2語で形成されるもの、
   「男」と「女」、  「生」と「死」 など
2語以上で形成されるもので、一方でなければ他方とは限らないもの、
   「善」と「悪」、  「大」と「小」、  「強」と「弱」 など
   (「大」でなければ「小」とは限らず「中」ということもある)
反対の動作を表す2語で形成されるもの、
   「行く」と「来る」、  「乗る」と「降りる」 など
同じ事柄であっても、立場によって表現が異なるもの
   「売る」と「買う」、  「やる」と「もらう」、  「教える」と「学ぶ」 など
以上上げたものは2~3語で形成されるもので、典型的なものの例ですが、
もっと沢山の語がもっと複雑な構造でグループを形成しているものなど他にもいろいろあります。

言葉(特に日常言語)は、かなり複雑に絡まっており、
上記のように単純には言えないケースもありますが、
基本的には言葉の意味は相対的に位置づけされます。

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コメント

コメント(12)
No title
言葉は「自分の人格形成を知るのにも役立つ」ことはあるでしょうね。日常の言葉の使い方や言葉に対する思いは、人によって異なってくるでしょうね。

凡人

2007/03/31 20:16 URL 編集返信
No title
言葉から想像される、個人の持つ想像力の領域にも関わってきますね。「赤」と言われて信号の赤が危険という意味に直結する人も居れば、日の丸の赤に直結する愛国主義者がいてもおかしくないわけですから。相対性も大切ですが、1つ1つの言葉がどのように植えられたか、その元を知ることは、自分の人格形成を知るのにも役立ちそうですね。

MidNight FM

2007/03/31 15:20 URL 編集返信
No title
言葉は「全て隠喩である」、なんか分かるような気がします。それだけ言葉というものは複雑だということだと思います。

凡人

2007/03/28 05:28 URL 編集返信
No title
恐らくは一つの言葉にその言葉を発した人の来歴の断片(記憶、解釈など)が込められ、それと同時にその言葉は同時に発せられた他の言葉(声音、表情を含む)と非言語(接触)によりその意味が規定されていると思います。そういう構造の中で一つの単語はそれが直接意味するものは勿論、関係するもの連想される全てのものを指し示すことが出来るのだろうと思います。即ち全ての言葉は程度の差はあれ全て隠喩であると思います。

thingscoolorhot

2007/03/27 23:50 URL 編集返信
No title
ねんねさん、お久しぶりです。「言葉だけとって人の意志を判断するのは危険」それも言えますね。

凡人

2007/03/27 20:13 URL 編集返信
No title
そうですよね、だから、その言葉だけとって人の意志を判断するのは危険ですよね。見てる景色が絶対的に違うわけですから・・・久々の登場でした(ネ)

-

2007/03/27 18:41 URL 編集返信
No title
そういうことですね。ただ注意してほしいのは「言葉」についての話だということです。

凡人

2007/03/27 05:29 URL 編集返信
No title
「不幸」がなければ「幸福」もないのでしょうか。…?

f57y

2007/03/26 22:39 URL 編集返信
No title
「ニュアンスとかコノテーションと呼ばれる副次的な意味についても考える必要があります」確かにそうなのですが、私はこの記事ではそれを「かなり複雑に絡まっている」と簡単に片付けてしまいましたが、他の記事ではそのあたりのことも書いているのです。会話者間には共通の視点というのが予めあって、その視点(枠組)のなかで話をしていますので、そういう副次的な問題はほとんど生じないのです。例えば「身体障害者」という共通の視点で話をしているときは、「目の不自由な人」をほとんどの場合「蔑む」とは受け取らないのです。

凡人

2007/03/26 18:10 URL 編集返信
No title
元気カンパニーさん、そうなんです。すべては相対的に存在しています。

凡人

2007/03/26 17:52 URL 編集返信
No title
あたしのリハビリのためにこのテーマを選んでくださったのでしょうか(笑)。本文に関しましては全く異論はございません。たぶん、過去の経験からすると、もう少し掘り下げたところでは、凡人さんと食い違う点もあるような気もしますが。うふふ。ただ、コミュニケーションにおける言葉の意味、ということになると、言葉の表面的な意味だけではなく、ニュアンスとかコノテーションと呼ばれる副次的な意味についても考える必要があります。典型的な例は、「めくら」とか「つんぼ」といった、いわゆる差別用語で、表面的には「目の不自由な人」、「耳の不自由な人」という意味ですが、そこには「蔑む」という副次的な意味が付随してくる。「あなたは本当に親切な人ですね」と不親切な人に言う「皮肉」なども、コミュニケーションにおける意味論の難しさを表す例です。

聡美姐

2007/03/26 12:42 URL 編集返信
No title
言葉に限らず、人間の理解や学習や解釈や概念などは全て、(そういう意味では)相対的ですよね。

genkicompany

2007/03/26 09:04 URL 編集返信
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Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
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