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人間は誰が創ったのか

自動車は沢山の部品からできています。
そしてその組み立てられた部品は物理法則にしたがって運動します。
しかし、自動車は右にも左にも自由に動きます。
(正確には運転者が運転して始めて動くのですが)

自動車は速く楽に目的地に行くための道具です。
しかし、個々の部品にはこの自動車としての役割は含まれていません。
つまり、自動車は個々の部品の動きの総計ではなく、
一つのシステム(構造体)として運動しており、
個々の部品の動きの総計に、何かがプラスされたとみてよいと思います。
自動車として出来上がったときにそれは付け加わるものです。

それでは誰がそれをブラスしたのでしょうか。
それはその自動車を設計した人です。そしてそれを運転する人です。

人間も構造体として目的がプラスされて生きています。
自由に行動ができ、未来は決まっていません。
人間の運転者は自分自身ですが、それでは設計した人は誰でしょう。
みなさん一緒に考えてみてください。

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コメント

コメント(20)
No title
「人間が計り知ることなど出来得ることは無い」ですか。そうかもしれませんね。

凡人

2007/04/18 19:20 URL 編集返信
No title
〔神はどこにどういう形で存在し、どのようにして我々を創ったのか?〕それについては、人間が計り知ることなど出来得ることは無いと思います.また、推し測る必用はないのだと思います。所詮、人間なのですから、只、〔命を全うするのみ〕でいいのでは、と思います。

情け

2007/04/17 22:52 URL 編集返信
No title
なさけさん、コメントありがとうございます。人間などの生命体を創ったのは神ですか。私もそう思います。ただそこで問題なのは神はどこにどういう形で存在し、どのようにして我々を創ったのかということです。これにはなかなかいい答えが見つかりません。

凡人

2007/04/17 20:08 URL 編集返信
No title
人間は所詮【神】ではないから、完全にはなれません。生命を創りたもうた【大いなる意思】は人間が【神】になることを望んではいないと思うのです。【矛盾を抱えたままの、思考する生物】がどういう所業を為していくのかを観察してるだけなのかな?と思うのです。人間の本質は矛盾(理性と本能)を抱えた生命体に他ならないのかなと思います。そこで、その思考能力を作用させて“物心両面に於いて”人間が生み出すなんらかの結果を見極めようとされているだけなのでは・・・。

情け

2007/04/17 18:50 URL 編集返信
No title
そして、所詮、人間が計り知ることなど出来得ることは無いと思います。[人の命は地球よりも重い]などとどこかの国の首相がのたまわれたことがあったようですが、こんなに軽いものは無いのでは?とも思います。人間は、自分の意思で誕生し、存在しているのではなく、存在させられたものなのだから【在れば良い】のだと思います【命】ある限り。

情け

2007/04/17 18:38 URL 編集返信
No title
人間は誰が創ったのか?又、人間や、動物、その他の生き物、つまりこの地球上の全ての【生命体】(植物も含む)を稼動させている【命】を創造したのは?・・神だろうと思います。しかし神とはいっても、決していわゆる世間に唱えられている神では有得ない。所詮人間などが定義することなど出来はしない【おおいなる意思】だと思います。

情け

2007/04/17 18:21 URL 編集返信
No title
日々考さんが一つ前のコメントで言った「部品が自由である」などという可能性について言ったまでで、そうしたことは「部品は自由でない」という現実を見るだけで可能性につていは考える必要がないということです。しかし、今回のコメントでの可能性はまた意味が違っていますね。

凡人

2007/04/08 11:06 URL 編集返信
No title
でも可能性はそんなに多くないのではないですか。神や宇宙人などの外部の存在者がつくったという可能性が一つ。そして、確率的な必然性が作ったという可能性が一つ。そして、私の考え、構成要素に宿っている内部のものが作ったという可能性です。現実がどうであるかなど、そもそもわからない問題じゃないですか。

corpus

2007/04/08 10:43 URL 編集返信
No title
microbridgecorpさん、コメントありがとうございます。人間は宇宙人によって創られたということですか。可能性のない話ではありませんね。

凡人

2007/04/07 17:58 URL 編集返信
No title
日々考さん、可能性の話ではなく、現実にどうかを考えた方が分かりやすいですね。可能性を考え出したらいくらでも切がなくなりますね。

凡人

2007/04/07 17:55 URL 編集返信
No title
本音としては、猿の時代に宇宙人がDNA操作をした説を信じたいです。w

チキンボス

2007/04/06 19:03 URL 編集返信
No title
部品が自由であるとして、まずいことがあるとすれば、それは、部品から構成された本体が自由でなくなる可能性があることだと思います。でも、部品の自由を認めたとしても、自由が全体として相殺されれば、問題は起きません。人間が自由であっても、自由な社会ということも考えられますから、それと同じことです。

corpus

2007/04/06 17:04 URL 編集返信
No title
「語」と「文」とは意味に違いがありますし、「分子」と「原子」も意味は異なります。意味が違うからこそ言葉も違うのです。しかし、私が記事にした「自動車」にしても「人間」にしても、単に違うだけではなく、その構成「部品」とは本質的に異なっていますね。「自由」という重要な要素が付加されています。

凡人

2007/04/05 18:07 URL 編集返信
No title
人間の部品に命があることが許せないのですね。あるいは、部品に命があったとしても、その部品にはいったいどうやって命が宿ったのかということがわからないということですね。これは確かに不思議です。でも、このような事例は数多くあります。語は意味を持ちませんが、文は意味を持ちます。水素分子は構成要素の水素原子にはない特徴を持ちます。分解すれば、いつかはその性質がなくなるということは、むしろ当然のことではないでしょうか。

corpus

2007/04/05 11:19 URL 編集返信
No title
今話をしているのは、一人の人間の話でしょ。社会の話はしていませんので、それをごっちゃにすると話はおかしくなりますよ。レベルあるいは次元が異なっていますね。端的に言えば、命の無い部品から命のある人間がどうして生まれるのかの話をしているわけですから、「人間には命があるではないか」という論理はおかしいでしょ。

凡人

2007/04/04 16:14 URL 編集返信
No title
社会の部品は人間ですが、人間には命が吹き込まれていないとでも言うのですか。これは想像の産物ではないでしょう。

corpus

2007/04/04 11:14 URL 編集返信
No title
「各部品に命が吹き込む」ですか。それは想像の産物ですね。論理的な話の中に想像を持ち込んでは、何の証明(論証)にもなりませんね。

凡人

2007/04/03 21:01 URL 編集返信
No title
製作者が部品を並べるというのも一つの手ですが、各部品に命が吹き込まれていて、その部品が共同して動き回り、そして、全体を作っていったとしたら、どうでしょう。考えられなくもないでしょう。もちろん、何が、部品に命を吹き込んだかを問われては困りますがね。

corpus

2007/04/03 16:39 URL 編集返信
No title
koonhokohさん、コメントありがとうございます。「生きる目的は何か」「人間はどんな存在か」については別にいくつか記事を書いていますので、それを読んでみてください。

凡人

2007/03/31 06:54 URL 編集返信
No title
自動車は速く楽に目的地に行くための道具だとすると、人間はどんな存在でしょうか?

kaibyaku

2007/03/31 02:51 URL 編集返信
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