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「自分」ってなに

「自分」には特定の名前もあるし、生年月日もあるし、
顔の左の頬にホクロがあって、鏡で見たらすぐに自分と分かる、
これが「自分」だ、という人もあると思いますが、確かにそれも「自分」です。
しかし、ここで「自分」と言ったのは、特定の「自分」ではなく、
誰にでも当てはまる一般的な「自分」なのです。
「他人」にはなくて「自分」にしかないもの、それが「自分」であることの証拠です。

少し前に「哲学的疑問の起源」という記事の中でも述べましたが、
思春期になって突然この「自分」に気づくときがあります。
本物の心を感じることができるのは「自分」だけであり、
「他人」の心は感じることはできません。
また、「他人」は感覚器官で見たりすることでのみ、その存在を知ることができますが、
「自分」は体の内側からも感じることができます。これらは「自分」独特のものです。
それが「自分」なんです。

しかし、たいていの人は、この答えでは納得しないでしょう。
「自分てなに」という問いのなかには、自分が存在することへの「不思議」や「驚き」の気持ちが含まれています。
つまり、ここに存在することの理由が知りたいのです。
ここにコーヒーカップがありますが、このコーヒーカップが存在するのは、
陶器屋さんが作ったからですが、その理屈で言うと、
自分が存在するのは親が生んだからということになります。
しかし、この答えでも誰も納得しないでしょう。

「自分」は考える以前に、すでに存在しており、ただ生きるしかないのです。
「自分」の意思とは関係なく、生きなければならない存在です。
「自分」は自分の意思で生きているのではなく、生かされているのです。
「自分」で「自分」の存在理由を問うことはできません。
陶器屋さんは、この形のコーヒーカップはよく売れるという理由で、コーヒーカップを作りました。
親は、もう一人子供が欲しいという理由で、子供を作りました。
それぞれ作る側には、その理由はありますが、存在する側には、存在する理由などないのです。
なぜ空があるのか、なぜ地球があるのか、と聞かれても答えられないのと同じです。

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コメント

コメント(20)
No title
「特別だと思いたい意識」、確かにそれはあるでしょうね。

凡人

2007/03/15 21:32 URL 編集返信
No title
まったくその通りだと思っています。人間は、なんで生きる理由をつけたがるのか判りません。別に特別な存在ではないのに、そうだと思いたい意識が働いているだけではないでしょうか?

チキンボス

2007/03/15 21:04 URL 編集返信
No title
これまた感想になりますが。人間には「自我」の形成がある、「我」とは何か?「人生とは自分発見の旅」等色々言いますが、果たしてそれだけなのかどうかは定かに決めきれていません。それは「命」「生きてる」と言う感覚に於いて、自分中心と環境と言う他面の中の関係としてみるの両面があるかも知れないとは思えてはいます。そんな立場で、解釈は無限に違う感じも思います。

慧 君

2007/03/09 09:33 URL 編集返信
No title
よんずさん、きっとそうだと思います。

凡人

2007/03/09 05:52 URL 編集返信
No title
凡人さんの言うとおりですね。だから宗教が生まれたのではないでしょうかね???

te_*ub*sc_*l*na_*lex

2007/03/09 02:07 URL 編集返信
No title
vavidoolさん、「自分の存在というのは、避けられない事実」というのは確かですね。人間てどうして何でも理由がほしいのでしょうね。

凡人

2007/03/07 17:48 URL 編集返信
No title
kiyoryさん、「存在しちゃったんだから存在するしかない」そうなんですね。「無い答えを見つける」のは止めた方がいいですよ。疲れます。

凡人

2007/03/07 17:44 URL 編集返信
No title
COOLさん、「生きる選択をした理由」はないでしょうね。私は生きる選択をする前に生かされているという感じです。

凡人

2007/03/07 17:39 URL 編集返信
No title
自分の存在というのは、避けられない事実であり、これも親の遺伝子の交配によるものであることに間違いないですネ。この歳になるまでに、自分なんていなくなっちゃえばいい!と考えた時もありましたし、自分で自分 が嫌いな時期もありましたね・・でも今一応自分達の遺伝子を残した事実がある限り、この子たちが、命の連鎖を続けていくんだろうと思います。

-

2007/03/07 14:34 URL 編集返信
No title
存在しちゃったんだから存在するしかないです、死ぬまで。でも生きている間、時々その存在理由や生きてる意味を考えたりするのが人間なんですね。無い答えを見つけるために生きているとも言えます。

kiyory

2007/03/07 13:31 URL 編集返信
No title
人間は自殺することが出来ますから、生の一瞬一瞬は生きることを選択した結果であると言えるかもしれません。でもそうなると生きる選択をした理由が問題ですね。

thingscoolorhot

2007/03/06 23:51 URL 編集返信
No title
「釈尊の出家は、意義付けを放棄する活動だったのかも知れません」ということですが、私は知らないのですがそうなんでしょうね。存在の理由なんて生かされている者には分からないことなのでしょうね。

凡人

2007/03/06 20:08 URL 編集返信
No title
こんにちは。ただ生きているだけ、これが本質なのだと思います・・・。生きている中で、自己存在の意義付けをしていることが、多分、仕事であったり、私みたいに坊主だったりするんでしょう。奈良の薬師寺の宗派、法相宗は、自己存在の分析をする教学です。思えば、釈尊の出家は、意義付けを放棄する活動だったのかも知れません・・・。

Rev.Ren'oh

2007/03/06 15:40 URL 編集返信
No title
fujiさん、人生は一人ですね。死ぬときも・・・。

凡人

2007/03/04 22:02 URL 編集返信
No title
ねんねさん、人生というのはそんなものかもしれませんね。

凡人

2007/03/04 21:59 URL 編集返信
No title
自分て「オンリーワン」、そして「ザ、エンドは必ず・・」。はかないですね自分て。

see*tfu*i

2007/03/04 20:13 URL 編集返信
No title
そうそう、その存在理由を求めて、人は生きているのかもしれませんね☆

-

2007/03/04 19:03 URL 編集返信
No title
f57yさん、「自分なりの答えも出せていません」ということですが、私でも答えはみつけられていませんので、若いf57yさんなら当然かもしれませんね。あまり考え過ぎないほうがよいかも・・・。

凡人

2007/03/04 09:56 URL 編集返信
No title
こでまりさん、ありがとうございます。うれしいです。「その問いに「自分で」適当な折り合いをつけることが「大人」としてすっきり生きるコツ」ですね。みんなそうして大人になるのでしょうね。

凡人

2007/03/04 09:52 URL 編集返信
No title
inuitatsuo2さん、コメントありがとうございます。「宇宙生命の起源にまで遡らなければ、その答えは得られない」確かにそれは言えるでしょうね。

凡人

2007/03/04 09:47 URL 編集返信
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カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
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