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心の構造Ⅲ(信じるとは)

「心の構造Ⅱ」では「信疑」として「信じる」を述べているが、
一般的には多義な語としていろいろの意味に使われている。
しかし、「信疑」ではもっと限定された厳密な意味として分類している。
そこで「信じる」について、もう少し詳しく具体的に説明しておきたい。

この記事は2005/8/8に投稿したものを転用して投稿したもので、
「祈り」との区別も難しい言葉であるが、
これが「信じる」ということの本来の意味と思っている。

この記事をこのシリーズに入れたのは、他の心の機能に比べて、
その意味合いが少し異なったものとして位置付けているので、
その違いを理解していただけるように特別に追加してものである。


ジェットコースターは信じられますか。信じて乗ることができますか。
ジェットコースターに乗るのは非常に勇気がいるものと思っている人が多い。
「とても私は乗れない」と思っている人もいるでしょう。
しかし、これからの話を理解出来たら、きっと乗れます。

一般的に男は女より勇気があるように思われているが、
しかし、ジェットコースターに乗ってキャーキャー騒いでいるのは、
女性が多いように思いうのだが、どうしてでしょうか。

私もジェットコースターに乗ったことがある。恐くないわけがない。
必死で足を踏ん張り、腕で体勢を立て直そうとするのだが、どうにもならない。

ジェットコースターは自分で何とかできるものではないのだ。
ジェットコースターを「信じて」身を任せるしかないのである。

女性はジェットコースターの性能を信じて身を任すことができるから
ジェットコースターを楽しむことができるのである。

性能を信ずることができるということは、
ジェットコースターを設計した人、製作した人、
また運転する人を信じているということである。


同じことが車の運転などでも言える。
他人の運転する車に乗せてもらって恐くて足を踏ん張り、
手に汗を握ったという経験のある人もあると思う。

自分の運転に多少なりとも自信があると、
他人の運転に身を任すことができなくなるのである。

その点、運転免許のない人はそういう経験は少ないと思う。
特に子供などは運転してくれる人を信じて、
全く不安を感ずることなく身を任せている。

何もこれは女性に限ったことではなく、男でも同じことで、
他人を信じて身を任すと不安が少なくなる。


自分に自信があればあるほど他人が信じられなくなる。
自分に自信があると自分の力で何とかしようとする。

そしてそれが上手くいかなくなったとき、
何とかしようと苦しまなければならないのも自分である。
そんなとき、ジェットコースターを信じるときのように、
成り行きに身を任せてみると苦しみはきっと軽くなると思う。
「信じる」ことには身を任せる受け身的意味があるのである。


心の構造Ⅳ(使用例)へづづく、
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