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新「言葉」について Ⅵ

人とのコミュニケーションのとき「言葉」を使うとしても、
そのとき「言葉」は人(相手)に何を伝えているのだろうか。
こういう疑問に答えようとするのが、哲学ないし言語学の意味論である。

言葉の意味については、諸説があるが、
私は言葉の意味を、他の言葉と相対的に位置づけされる考えている。
言葉の意味が相対的に形成されているということを説明するのに、もっともよい方法は、
比較(相対)する相手がない状態を考えてみることである。

この世界がすべて赤い色と仮定して、その具体例をこれまでにも書いているが、
もう一度書いておこう。

「赤」以外に比較する他の色がないのだから、他の色と区別する必要はないし、
その色を指差しで示すこともてきようがないのである。
「赤い」という言葉を使う場面はなく、「赤い」という言葉も必要がない。
したがって、「赤い」という言葉も生まれないのである。
このように言葉の意味は他のものと比較して初めて相対的に位置づけできるのである。

言葉は、いくつかの単語が集まって、グループで意味を形成する。
例を上げよう。
一方でなければ他方であることが決まる2語で形成される言葉、
   「男」と「女」、  「生」と「死」 など
2語以上で形成されるもので、一方でなければ他方とは限らないが、
そのグループの中で相対的に形成される言葉、
   「善」と「悪」、  「大」と「小」、  「強」と「弱」 など
   (「大」でなければ「小」とは限らず「中」ということもある)
反対の動作を表す2語で形成される言葉、
   「行く」と「来る」、  「乗る」と「降りる」 など
同じ事柄であっても、立場によって表現が異なる言葉、
   「売る」と「買う」、  「やる」と「もらう」、  「教える」と「学ぶ」 など
以上、例としたものは2~3語で形成される言葉で、典型的なものの例であるが、
もっと沢山の語がもっと複雑な構造でグループを形成している言葉もある。
例えば、父、母、兄、弟、姉、妹、甥、叔父、など親族の関係を表す言葉など、
他にもいろいろある。

言葉(特に日常言語)は、かなり複雑に絡まっており、
上記のように単純には言えないケースもあるが、
基本的には言葉の意味は相対的に位置づけされている。

この記事は、
2005.9.1「意味論」として投稿した記事を加筆して再投稿したものである。


「言葉」についてⅦへつづく、
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