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「信じる」とは Ⅳ

「信じるとはⅢ」で「自分を信じる」場合の心理を書いたが、
この場合の「信じる」対象は「自分」なのである。
しかし、この「信じる」対象が変わると「信じる」の意味も変化する。

それでは「信じる」対象が「自分」ではなく、
例えば「親族」の受験生のような場合で、その親とか兄弟などが、
受験生つまり「息子(兄弟)の力を信じる」ような場合の
「信じる」心理について考えてみた。

「息子の力を信じる」と言うときの心理は、
①息子には合格する能力があると思っている、と判断できるが、
②また、息子が合格するように祈る、という行為とも受け取れる。

上の二つの判断には大きな隔たりがある。
①の「能力がある」の方は断定的判断であるが、
②の「合格を祈る」の方は断定はせずに「願う」という行為である。

恐らく「信じる」という言葉を発した人には、
①②どちらの気持ちもあるのだろうが、
ジェットコースターを設計した人などを「信じた」ように、
受験した本人の能力を「信じたい」のだと思う。
やはり「信じる」の本来の意味、受け身的な意味が働いているのである。



「信じる」とはⅤ↓へつづく、
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