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私の哲学の方法(Ⅰ言葉)

哲学とは限らないが、どんな学問でも
できるだけ多くの人に理解してもらうために
できるだけ易しい言葉で表現されることが望ましい。

一方で学問は正確である必要性から、
使う言葉の定義がなされることが多い。
例えばユークリッド幾何学では、「点」とは部分に分割できないものである、
「線」とは長さがあって幅のないものである、といった具合である。

定義以外にも公準なんてのもあり、
それらはすべてワザワザ言うようなことでもない
当たり前のことが書かれている。
その定義や公準を組み立てて定理を導いているのである。

哲学というのも当たり前のことから出発して
それらをどう組み立てるかだと思う。
だから私の哲学には当たり前のことが書かれている。

ここでも定義に用いる言葉はできるだけ易しい言葉を使い、
定義に難しい言葉を使うと、またその難しい言葉の定義が必要になり、
その作業が際限なく続くことになる。

物理学においても用いる用語を易しい言葉で定義が試みられた。
詳しいことは不勉強で分からないが、結果は易しい言葉に定義することは「困難」だった。
そこで、これ以上は定義しない「無定義概念」というのがいくつか決められて、
すべてはこの無定義概念に集約できるようになっている。

無定義概念と言ってもそれほど難しいものではなく、
「空間」「時間」「質量」「熱」「電荷」などで、
定義がなくても現実の対象を指し示されれば理解ができるものである。

私は哲学をするとき、特に哲学専用の言葉を使うことはせずに
人類が長い歴史の中で作り上げてきた生きた言葉の中から
出来るだけ易しい言葉で単純に表現できるものを選んで使っている。

物自体とか客体自体とかそういう厄介なものを取り込まなければ、
難しい哲学用語は使う必要は感じない。
日常使っている言葉でほとんどは通用する。
具体的には、「世界の構造」で使った言葉などがそれである。

世界の構造で使用した用語も無定義概念としたいところである。
ユークリッド幾何学も近年では用語の定義を廃し、
無定義概念とされるようになったようである。

ちなみに、ドイツの哲学者カントの哲学は
田舎のオジサンでも使っているような言葉で書かれている。
私はもちろんドイツ語は分からないが、えらーい哲学者がそう言ってました。
ドイツを旅行した人が、「哲学用語をみんな使っている」と言ってましたが、
正確には哲学者が日常の易しい言葉を使っているのである。


私の哲学の方法(Ⅱ出発点)へつづく、
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コメント

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No title

> yokonokai7さん、ありがとうございます。
まったくご意見に賛成です。仰る通りですね。
yokonokai7さん、ときどき覗いていただいているようで、名前は存じていましたが、東洋哲学に興味をお持ちなんですね。私も仏教からの影響は受けています。

No title

「哲学をやさしい言葉で表現・・・」、とても共感します。
現代詩も西洋哲学も、または文学でさえも、分かりづらいこと、難解なこと、そこに作者の能力の高さ、思考の深さ、評価の出来具合などが定まったりしてしまいます。
読者が「深遠な世界を知る」ことにおいては賛同しますが、論理がこんがらかったり、何を言わんとしているかの前提が長すぎると嫌になってしまいます。
「西洋哲学と東洋哲学の対峙」、東洋哲学の自然を比喩した表現にこそ未来社会を切り開ける、との想いで奮闘しています。

貴殿も、奮闘なさってください。
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カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
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