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人類の進歩と調和 Ⅱ

ダーウィンの進化論はよく知られているが、
その是非はともかく、生物は環境に適応しながら進化してゆくもの
という考え方がその基礎にある。

「進化」という言葉が使われているが、
正確には環境に適応することで、必要な機能は「進化」するが、
必要のない機能は「退化」してゆくのである。

遺伝子レベルで「進化」「退化」がどういう変化になるのか、
それはまだ解明はされてないようであるが、
何らかの形で遺伝子が変化して環境に適応するようで、
それを「進化」「進歩」と呼んでいるわけである。

人間の体がこれまでにどういう点で進化してきたのかくわしいことは分からないが、
人類の進歩と調和Ⅰで述べたように、道具が発展することで
使わなくなった脳や体の機能があり、
それを補うためスポーツ・ジムに通うという矛盾が生じてくる。

「人類の進歩」というとき、体の進化だけでなく
道具の発展も含めて考えるのが普通である。
いわば人間は道具を使うということが前提で「進化している」と言えるのである。

メガネや補聴器やツエや、車いすなどはもちろん、
切り離されて体だけでは存在できない、そんな例もある。
ペースメーカーという道具が必要な心臓や
人工関節という道具が必要な脚(関節)などは、
どちらかと言えば、医療機器と呼べる道具であるが、
その道具があって正常な生活が可能なのである。

それだけではなく、体を使わなくても仕事ができる、
例えば、自動車やコピー機やその他沢山の道具は、
便利で楽に仕事ができる道具である。

道具が体の一部として働き、道具がなくては生きてられない、
そんな未来が見えてくる。


人類の進歩と調和Ⅲへつづく、↓
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ホレス・シルバー


画面右下の「YouTube」をクリックしてください。

ホレス・シルヴァー Horace Silver, はコネチカット州ノーウォーク出身の
ジャズ・ピアニストで、ファンキー・ジャズの代表的なアーティスト。
特色のあるファンキーなプレイスタイルで知られ、
ハード・バップの発展に寄与する。
ブルーノートが、主流派ハードバップの時代に出した
最も偉大なアルバムのひとつである、
ホレス・シルヴァーの『ソング・フォー・マイ・ファーザー』は、
シルヴァーにとってのシグネチャーLPであり、
既にいくつもの輝かしい代表作で飾られた
彼のディスコグラフィの頂点を極めるものであって ... 素晴らしい一体感があり、
シルヴァーの作風が引き締まった魅力的な形で表現されている、

ウィキペディアより

ホレス・シルヴァーはモダンジャズの中では好きなアーチストで
他にも沢山いい曲があります。

私にとって「幸せ」とは

自分にとって良いことがあったときなど、
自分は「幸せだ」と思います。
逆に言えば自分にとって悪いと思えるときに、
自分は「不幸だ」と思います。

それが普通ですが、私は自分にとって
良いか悪いかという判断は二の次にして、
まずは「それが自分に与えられたもの」として受け止めます。

それが生きる目的であり、生きる仕事場です。
「自分は幸せか」なんて、それほど明確には、
あまり考えたことがありません。

成功とか失敗とか、善とか悪とか、幸福とか不幸とか、
そういう判断は、自分にとって良いか悪いかを考え出すと出てくるもので
与えられる事柄自体は中立的なものです。

毎日起こることは私が生きている証であり、
いかなる事柄も生きるためのもので楽しいものです。
ちょっとイイカッコしすぎですかね。(笑い)

どういう訳か、ブログ荒らしも楽しい対象なんです。
変なコメントも、お返しのコメントを考えるのが楽しいのです。
どんなご意見も大歓迎のブログなんです。

レッド・ローズ・カフェ


   港の赤いバラ・カフェ
   アムステルダムの外れ、波止場のそば
  誰もが歌い 笑い
   そこにいるだけで幸せになれるのさ

   (上の歌詞は、コーラス部分のものです)

人類の進歩と調和 Ⅰ

「人類の進歩と調和」、どこかで聞いた言葉であるが、
今、この言葉を真剣に考えなくてはならない時だと思う。

いろいろ便利な道具が増えてきて、
人間は体も脳も使わなくても生きてゆけるようになり、
だんだん体が、脳が退化してきているように思う。

それが証拠に、退化しないようにストレッチしたり、ジョギングしたり、
果てはジム通いまでして健康な体を作ろうとしているのである。

このごろ、パソコンで文字を書いているので、
実際に字を書こうとすると書けなかったりする。(私はもともとだが。笑い)
計算は電卓でするので暗算ができなくなり、
計算ドリルを持ち出して、脳の機能を退化から守る必要が出てきそうである(笑い)。

だいたい人間の体は農業や漁業あたりができるように創られている。
そして太陽が出ている間は働き、夜は休むようにできているのである。
このように生活したら健康に生きられる、そう創られているのである。

便利な道具が増えて、体も脳も楽になるのはいいのであるが、
その分、体も脳も使わなくなり退化してくる。
そうならないように人類の進歩とともに
調和のとれた体を維持するための工夫も必要になってくるのである。


人類の進歩と調和Ⅱへつづく、↓

身の回りの整理

ここまで、毎日ほぼ決まったパターンで
ブログ中心の生活をしてきましたので、
放置してそのままになっている身の回りの整理をしようと思ってます。

役所から書類の提出を求められているものや、
途中で治療を止めている歯医者への通院の再開、
故障??しているCD編集ソフトのチェック、
それを修理しないと散乱しているCDの整理ができないし、
買ってそのまま放置している電子辞書の開梱からチェック、
その他いろいろ、

この寒い間にインフルエンザの養生と合わせて
済ませてしまおうと思っているのですが、
思っているだけで終わりそうな気もします。(笑い)

とりあえず、できることから始めます。
その間、ブログはどうなるか分かりません。
これも臨機応変で気の向くままに
どうせ、当てのない日常ですので、焦らずにやってみます。

日常から科学へ Ⅳ

最近は遺伝子レベルでの治療方法とか、
遺伝子が病気の原因となっているものなど、
遺伝子がニュースになることが多くなってきた。

私は何でも「遺伝子」と言う言葉で表現しているが、
実際はいろいろ細かい違いで用語も異なるようである。
遺伝子医療時代というところの解説によると、

「ゲノムはタンパク質の情報に限らず、
生物の設計図全体のことを指します。
日本語では「全遺伝情報」と表します。

生物に書かれている情報を一冊の本に例えると、
「DNA」はインク、「染色体」は本、
「遺伝子」は書かれている内容の中で
タンパク質に触れている部分となります。」

とのことである。

科学的にはそれぞれ必要があって
使用する用語が選択されているのだと思うが、
日常私たちが使用するときは、
それほど細かく使い分ける必要があるのだろうか。

例えば、「犬に噛まれた」とは言うが、
「犬の歯に噛まれた」とは普通はいわない。
しかし、上のゲノムの話を読んでいると、
噛んだのは歯だから「歯に噛まれた」と言わないと
いけないような気がしてくる。

日常的に使う用語を科学的に厳密に使う。
堅苦しい日常になりそうだ。



日常から科学へⅤへつづく、

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ハイドン 弦楽四重奏 第77番 第二楽章


ハイドン 弦楽四重奏 第77番 第二楽章
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極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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