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ザ・ベスト ティナ・ターナー


ザ・ベスト ティナ・ターナー

ティナ・ターナーTina Turner
本名アンナ・メイ・ブロック・バーク、Anna Mae Bullock- Bach、
1939年11月26日 - )は、女性歌手ダンサー女優。著作も著している。
彼女の芸歴は50年以上に及び、
幅広い層のファンに認められており、多くの受賞歴を持つ。
アメリカ合衆国南部に生まれ南部で育ち、現在はスイス市民権を持っている。

ウィキペディアより

この「ザ・ベスト」という曲は1989年発売のアルバムに収録されていたものです。

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新、心の構造 Ⅲ

「心」の働きは非常に複雑で、
その構造を捉えるのは難しいが、
幾つかの種類にまず分けることから始める。

心の種類として何があるかは「心の構造Ⅱ」で述べたように
心が現れている用言に何があるか調査すれば分る。

調査の結果、心の種類として、事実判断、価値判断、感情、
懸け、信疑、自我、欲望、祈り、の八つが確認できた。

ここで「信疑」というのは「信じる」と「疑う」の
二つを一緒にした私の造語である。

「祈り」というのは人間を超える何者かに対して、
何かの実現を願うような心のありようで、
神や仏に対する敬虔な気持ちもそれである。

八つの心の一つ一つについて、次に検討する。
それらの代表的な用言を挙げると、

1、事実判断としては「正しい」「間違い」「等しい」「異なる」などの用言がある。
2、価値判断としては「良い」「悪い」「好き」「嫌い」などの用言がある。
3、感情としては「おいしい」「まずい」「怖い」「悲しい」「寂しい」「苦しい」
  「惜しむ」「怒る」「憎い」「喜ぶ」「楽しい」「驚く」「痛い」「暑い」「美しい」
など他にも沢山あると思う。
4、信疑としては「信ずる」「疑う」などの用言がある。
5、懸けは「困る」「悩む」「迷う」などという心の状態から
  脱却しようとするときの一つの心のあり方で「賭ける」などの用言がある。
6、欲望としては「欲しい」「望む」などの用言がある。
7、自我としては「誇る」「ぐれる」「恥じる」「照れる」などという用言がある。
8、祈りとしては「願う」「祈る」「念ずる」「崇める」などという用言がある。

以上8つが心の主な働きである。

ここにあげた用言は心の状態を表すもので、
現実にそういう心の状態であっても、
心の状態をいちいち伝える必要がないときは、
ここにあげた用言でその心を表現されるとは限らない。

他にも用言としては動作を表す動詞がたくさんあるが、
実はこれらの動詞が心の状態を表す言葉として 流用されることもあるのだ。



新、心の構造Ⅳ↓へつづく、

https://shachihoko7.blog.fc2.com/blog-entry-1418.html

ヤフーのブログ・リニューアルの賛否

ヤフーのブログがリニューアルされることで
家内の周辺でも大騒ぎになっています。

多くは、現状の変更についての苦情のようですが、
これまでのやり方にこだわっていると
そう思いたくなりますね。

私はむしろ逆で「そうなるならこういう時に使える」と
そのいいところをどう使うかに神経が行きます。

具体的な話をすると「その記事に関係する場所などが
自動的に付けられる」というのですが、
私が「それなら行った旅行先など自動的に案内してくれてええな」と言うと
「そんな思うか」と家内の意外な反応だった。

これまでのやり方にこだわるか、
新しいやり方に期待するかの違いですね。
私は臨機応変に乗り換えるタイプですが、
皆さんはいかがですか。

ハチャトゥリャン エチュード


ハチャトゥリャン エチュード
子どものためのアルバム 第1集より

新、心の構造 Ⅱ

ある心の状態が現れている言葉は、品詞で言えば
動詞とか形容詞とか形容動詞などの用言にある。

例えば、「美しい」という言葉(用言・形容詞)は
何か対象に感覚的に快い感情を抱いたときに使う言葉である。

名詞の「美」では何の心の状態も表していないのだ。
「美」では美しいと感じている心というよりも、
むしろ、その心を呼び起こしている対象を指しているように思える。

すべての用言が心の状態を表しているとは限らないが、
心の状態は何らかの形で用言として表され、使われている。

逆に言えば用言が存在しなければその心はまだ未分化で、
現在のところ分ける必要がない心の状態と言える。

例えば「理性」と言う言葉に相当する用言は、
現在のところ私は見つけることができていない。

意味的には「感情」の反対概念という感じであるが、
「正しい」とか「良い」という用言の意味に
倫理的な意味合いが加わったものという印象がある。

日本語の大和言葉になじまない言葉なのか、
外国語でも同じような位置に「理性」という言葉があるのか、
現在のところ分からないでいる。


新、心の構造Ⅲ↓へつづく、

新、心の構造 Ⅰ

世界を分解してその個々の関係を世界の構造として構築したが、
その中の「心」について、さらに細かく分けてその構造を探りたい。

「私の哲学の方法(出発点)」↓で、
問題を解くために人間に「どんな機能が与えられているか」
それが哲学する上での出発点だと述べた。

そこで「心」を分析するための出発点として、
心が表に現れる「言葉」を心のモデルとして捉え、
言葉の中から「心」の状態を表す単語(用言)を抜き出し、
それを分類し分析して「心」の構造をさぐる予定である。

言葉についての科学としては言語学があるが、
かなり広範囲に対象が広がっており、
その中の意味論や文法論は参考にできると思う。

従来から「心」の構造を研究する科学としては心理学がある。
しかし、それは「自分」の「心」ではなく他人の「心」を対象とする科学である。
他に脳科学や神経科学というのもあるが、
それも他人の「心」が対象で「自分」の「心」ではないのである。

したがって、それらはこれから分析しようとしている
「自分」の「心」の構造をさぐるための出発点とはなりにくいのである。
フロイトに代表される精神分析学というのもあるが、
ここで私が出発点とするのはさらに前段階のものである。


新、心の構造Ⅱ↓へつづく、

ミッド・ナイト・ブルー



オリジナルはベートーベンのピアノソナタ「悲愴」の第2楽章ですが、
正確にはベートーベンは最初の半分くらいまでで、
中間部にポップス風に別のメロディーが付けられています。
このシングルはヨーロッパで140万枚のヒットとなり、
1990年にはCDが再版されています。

これが録音されたのは1982年ということですが、
私が知ったのはもっと後で、中古のレコードででした。
ルイーズ・タッカーという名前で憶えているのですが、
ルイーズ・タッカーというのは後で出てくる女性ボーカルの名前で、
最初に出る男性ボーカルはCharlie Skarbek だそうです。

貨幣の価値 Ⅷ

無利子の国債は借金ではないのである。
それでも際限なく無利子の国債を発行したらインフレが止まらない。

のはずであるが、あんなに日銀が国債を買い入れて、
市中に貨幣を放出しても、2%の物価上昇の目標すら
達成できてないのである。

貨幣は動いている商品の量だけあれば足りると言ったが、
それで商品の価格が決まってくる。逆の言い方をすれば、
貨幣の量で商品の価格が割り振られるとも言える。


ところで、日銀が買い入れた金融機関の国債に、
支払われた貨幣はどうなったと思いますか。

そのままそっくりまた日銀に預けてあるのだそうである。
その方が市中に貸し出すより利息がいいのである。

この預けられた貨幣は商品を買うわけでもなく動かない貨幣である。
だから、商品の価格には割り振られることなく、
物価には影響しないのである。

まだまだ、日本の市中には動かない貨幣が眠っている。
それらの貨幣がもっと有効に動き出せば
デフレを脱却してインフレになるのではないだろうか。

怖いのは、それらの眠っている貨幣が動き出して、
制止が効かなくなったときである。どうなるのだろう。
凡人の私にはわかりません。

貨幣の価値 Ⅶ

先に無利子の国債は借金ではないと言った。
何しろ返済しなくていいのであるから当然である。

しかし、市場に国債相当額の貨幣が放出されるのであるから、
貨幣の価値は下がる。

日本の通貨「円」が対ドル100円以下だったころに、
首相の「お金を刷ってばらまく」という発言が切っ掛けで円相場は下落し
現在では110~120円と「円」の価値は下落している。

借金ではないが、無利子の国債は貨幣の価値に影響する。
逆に言えば、無利子の国債を発行することで、
対外的に円の価値を変化させて、貿易取引を有利に導くこともできる。


また、最近日銀は、金融機関の保有している国債を買い入れしている。
それは市中に貨幣を放出するためで、
それでインフレを誘導しようとしているものと思う。

このまま国債を日銀が保有しておれるなら
政府は国債の償還をしなくてもいいのであるが、
日銀にあっても償還期限が来ると償還しなければならないのだ。

そこで政府と日銀の間で、満期が来た国債と取り換えるために
借り換えるための新しい国債を
日銀に引き受けてもらうことにしているのだそうである。

そうなれば、この日銀が買い入れた国債も
返済が必要ないようなものである。
これも、もう借金とは言えなくなってしまう。


経済については全く素人は凡人が書いています。
遠慮なく厳しくご指導をいただきたいと思っています。
貨幣の価値Ⅷ↓へつづく、

貨幣の価値 Ⅵ

国債は国の借金というのが常識のように言われている。
果たしてそうなのか考えてみよう。

国債が有利子か無利子かで判断は異なるが、
まずは有利子の場合で考えてみよう。

国債を償還しない限りは利息は払い続けなければならないし、
普通の借金と変わりはない。

ある政治家の方が
「日本はギリシャのようにはならない」と言っていたそうだが、
しかし、ギリシャにはならなくても夕張にはなる。

こういう話をすると「国債という借金もあるが、
それを返済するのに十分な財源もある」という方もある。

だったらどうして
すぐにでも返済しないのかと言いたくなる。
わざわざ利息付きのお金を使わなくても、
返済してしまえばいいと思う。

それをしないのは、
本当は返済なんてできないのではないかと疑いたくなる。
いろいろ裏の話はあるようであるが、
一部公務員の横暴のような気もする。


国債が無利子の場合は実質的には日銀償還となり、
日銀が国債相当額の貨幣を市場に放出する。

これは借金ではないのである。
返済する必要もないし、利息も付かないのである。
次はこの無利子の国債について考える。


貨幣の価値Ⅶ↓へつづく、
プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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