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貨幣の価値 Ⅳ

貨幣の価値Ⅲでは
貨幣は物や事つまり商品が動く分だけあれば事は足りるはずと言った。

しかし、「商品が動く分」と言ってもその量を計るのはかなり難しいのである。
売れる見込みがない商品が残っていたり、
売ろうとしない商品があったり、つまり動かない商品があるのである。

一方で、市場に出ている貨幣の量も計るのが難しい。
貨幣も商品と一緒に動ていこそ生きた貨幣と言えるのである。

金庫にしまい込まれた貨幣ももちろんであるが、
銀行が預金者から預かった貨幣を日銀に預けたままの資金など、
動く見込みのない貨幣がたくさんある。

貨幣の量と商品の量がバランスよく保たれていれば、
貨幣の価値も一定に保たれるが、
商品の量も貨幣の量も計るのが困難で一定に保つのが困難なら、
現実をそのまま分析するのがいいかもしれない。

国全体で考えるのか、個々の商品で考えるのか、
その他、考える基準で基礎のデータが異なり、
貨幣の価値は変動する。

ある商品の生産量が変動するごとに、
その商品の価格が変動するが、
それは商品の方の価値が変動したと考える方が分かり易い。

貨幣の価値は、個々の商品の動きだけではなく、
また、国のその他経済の政策だけでもなく、
いろいろな政策が関係しているように思う。


貨幣の価値Ⅴ↓へつづく、
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貨幣の価値 Ⅲ

「貨幣の価値Ⅱ」で
物々交換から貨幣が生まれるまでの過程を見てきた。
Ⅱでは「貨幣」とは言わずに「証文」としてきたが、
ここⅢでは「貨幣」や「資金」と言い換える。

先のⅡで考えたのは支障なく取引ができるためには、
物々交換ができないなら貨幣という道具が必要だということである。
売るつもりで置かれているものに相当する貨幣は
国として用意しないと取引に支障が生じる。

今、ものを売ったり買ったりという最も単純な場合について
考えていたが、実際はもっといろいろの場面で
貨幣やもの(商品)が動いているのである。

例えば、銀行にお金(貨幣)を預けたり引き出したりするが、
このときにはもの(商品)は動かない。
しかし、銀行がその預かった貨幣(資金)を企業などに貸し出し、
その企業がそれを資金にして仕入れたりすると、ものが動く。

株券に限らず、国債などの有価証券でもそうである。
その債券も売ったり買ったりするもので、商品と言える。

株なら企業が、国債なら国がそれぞれ必要があって発行したもので
売って得た資金(貨幣)を事業や政策に使う。
これらいずれも貨幣が物や事を買うために使われる。

そしてその貨幣と平行して物や事つまり商品も動く。
形のないサービスも「事」として「商品」と言えるし、
労働力も「事」として一つの「商品」と言える。
貨幣は物や事つまり商品が動く分だけあれば事は足りるはずである。


経済なんて全く素人の凡人が書いています。
遠慮なくご意見ください。
貨幣の価値Ⅳ↓へつづく、

ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース


ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースが来日していたようですね。
もう、大阪公演も東京公演も終わってしまったようですが、
まだまだ元気な声が聴けたそうです。
急遽、記事を作りました。

このビリーブ・イン・ラブは'82年の作品ですが、
他にも沢山いい曲があります。
公演はヒット曲満載だったようです。

プロコフィエフ キージェ中尉より トロイカ


プロコフィエフ キージェ中尉より トロイカ

前にアップした「ロマンス」よりこちらの「トロイカ」の方が
強い印象があります。
トランペットの強烈な不協和音が耳から離れないのです。

AI(人工知能)の将来 Ⅵ

国立情報学研究所の新井紀子社会共有知研究センター長・教授が
NHKの朝の「時論公論」という番組で
「AIが東大に合格できるか」という話で
「東大に合格させるのは断念した」というような話をされていた。

その理由としてAIは言葉の「意味」を理解できないことを挙げていたが、
言葉の意味というのは現実のこの世界にあり、
人間が五感を通じて感じて分かるもので、
AIにはこの五感というのが無いに等しい状態なのだ。

AIは言葉(文章)を現実世界のモデルとして理解し、
そのモデルを操っているに過ぎないのである。

画像処理や画像認識、音声認識や音声合成、自然言語処理、
ロボティクスなど、データを読み取り、言葉を読み取り、
データの分析結果を表示し、言葉を処理して表示する、
そこまでがAIでできることなのである。

私は「AI(人工知能)の将来Ⅰ~Ⅴ」までで、
「AIが学習するのは特定の相手との会話だけからであるが、
人間が学習するのは相手だけでなく、
周囲の状況や雑音なども感じている、と言ってきた。

言葉の意味は現実のこの世界にあり、
この世界との関わりはAIと人間とではまだまだ大きな隔たりがあるように思う。


AI(人工知能)の将来 Ⅶへつづく、
https://shachihoko7.blog.fc2.com/blog-entry-1420.html


ニュートン・ファミリー


リバー・ディープ・リバー・スロー

ニュートン・ファミリーはハンガリーのボーカル・グループです。
この曲は70年代に本国では出ていたようですが、
日本では1982年に出たアルバムに入っていました。
私はこの曲が大好きなんです。

相対的に見る Ⅵ

人間が対象を相対的に見る典型的なケースは、
分類をするときである。

分類というのは基本的に相対的に行うものである.。
この世界に存在するいろいろのものや事をどう区別して、
どこに入れるかである。

言い換えれば、いろいろの物や事の違いを見つけ出し、
その違いによって分けることである。
それが相対的に見るということである。

物や事についての情報を分類することは、
コンピュータなどでのデータ処理の基本であるが、
そのおかげで効率的なデータ処理が可能になるのである。

分類はコンピュータ処理には欠かせない行為であるし、
いろいろの目的に応じて、各種の分類を行なう。
この分類がいくつもあるのは、比較する相手が異なるからで、
つまり、相対的に処理されている訳である。

ついでながら、こういう分類作業では、
境目がはっきりしないことがある。
そういう場合、どこへ入れるか迷うのは問題はないのである。
最終的にどこかに入ればいいのである。

しかし、どこへも入れるところがないとか、
これは入れる必要がないと排除するようなことは
絶対に避けなければならないのである。

例えば私の「人間行動の位置づけ」シリーズの記事では、
業種のすべてを網羅することが目的ではなく、
大まかに仕事の種類を示して、
どの仕事はどこへ入れたらいいか、
その判断ができる材料を提示することである。

ちなみに分類学などで内包と外延という区分があるが、
この内包と外延は相対するものではないのだ。
むしろ内包と外延は同じもので、その違った側面なのである。

「信じる」とは Ⅵ

「信じる」という言葉を聞いて真っ先に思い浮かべるのは
「神」の存在についてである。
「神は存在すると信じますか」と聞かれて「信じる」と答えても、
その答えの根拠となっている理由は一つではないと思う。

①「この宇宙のどこかに存在する」とか
②「私の心の中に神がいる」とか
③「どこか特定できなくても、この世界のどこかにいる」とか
④「この不思議な世界が神なしにはありえない」とか
いろいろの理由があると思う。

①とか③は軽い気持ちで「神はいる」と言っている感じであるが、
④になるともう少し「神がいる」と判断する根拠が示されて
①③よりは強い主張がなされている。

しかし、これら上の主張は事実に基づくものではなく、
「多分いるのではないか」という推測の部分が大きい。
ところが②の主張は自分の心の中に神がいることを確認して、
その「事実」を述べているものである。

①③④は神の存在を「信じている」状態ですが、
しかし②は、神に対してはもう「信じる」ではなく、
神は自分の中にあるのだから、「確信」である。

もう「信じる」を通り越して「祈る」という言葉が当てはまる状態である。
「信じるとはⅡ」で述べた「心を預けている」状態である。
ここまで言うのは飛躍しすぎであるが、
次の「なぜ生きる」を読むと分かるのではないだろうか。

プロコフィエフ キージェ中尉より ロマンス


この曲、何かに似ているなと思いながら聴いてますが
考え中です。

「信じる」とは Ⅴ

自分を信じる場合、親族などを信じる場合についてみてきたが、
いずれも断定的な意味を含みながらも
断定を避けて受け身的な表現にするために
「信じる」を使っていることが分かった。

それでは「信じる」相手を一般の他人だったらどうだろう。
例えば、他人に何かを頼まれたとして、
その際に交わした約束を守ってくれるかどうか
つまり信じるか信じないかのようなケースである。

お金を貸して返してくれると「彼を信じる」場合、
これまでの彼との付き合いから判断して
お金を返さないような人ではないと確信できたのである。

それを「信じる」と表現しているのであるが、
「確信する」とか「間違いない」とか言いきるよりも
「そうしてくれることを期待する」という気持ちが含まれている。
そこには相手の行為を期待する受け身の気持ちがある。

自分がその人をどう思うかではなく、
その人の心の判断に身を任せるという「信じる」気持ちでもある。

その他、いろいろのケースで「信じる」という言葉は使われるが、
いずれも、その底には相手の行為を期待しており、
自分の気持ちよりも相手の方の心に任せて「信じる」のである。

次は「神を信じる」について書く予定である。


「信じる」とはⅥ↓へつづく、



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極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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