FC2ブログ

全ては相対的にある

赤い色は赤でない色があって初めて存在します。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/bonjinpapa/65238314.html

寒い冬の後の春は暖かいし、
同じ気温でも暑い夏の後の秋は涼しいです。

美味しい料理もいつも同じなら美味しくなくなります。
いつもは不味いと思っているものも空腹時には美味しいものです。

幸せは不幸せと比較して「幸せ」なのです。
貧乏は裕福と比較するから「貧乏」なのです。

砂ぼこりをかぶっても白いカッターシャツは黒くなりますが、
黒いスーツは白くなります。

何もない状態は何かがあることで「無い」が生まれます。
何かがあるためにはそれを取り巻く空間が必要です。

マイナス電荷の電子にもプラス電荷の電子があり、
この二つは相対的に存在して、二つが衝突すると消滅します。
また、無からマイナスとプラスの電子が対で生まれます。

原子核も同じで通常はプラスの電荷を持っていますが、
マイナスの電荷のものもあり、衝突すると消滅します。

すべてこの世界のものは相対的に存在するもので、
いずれ消え去るものです。

すべては諸行無常です。

スポンサーサイト

Gianluca Grignani - Lacrime dalla luna

Gianluca Grignani - Lacrime dalla luna
2002年3月5日にリリースされた
アルバム Uguali e diversi に収録しれている曲。
曲名は日本語にすると「月の涙」というところでしようか。

Gianluca Grignaniはイタリア人で
「Lacrime dalla luna」はサンレモの入賞曲のようです。


Gianluca Grignani - Lacrime dalla luna


人工知能の失敗?に思う事 Ⅱ

「ヒットラーは悪くない」と言った人工知能は、
どのように学習するように設計されていたのでしょう。

学習するのは事実判断と価値判断だと思われる。
事実判断というのは誰が見ても変わらないので問題はありませんが、
価値判断というのは人によって異なるので学習が難しい。

「リンゴは好き」という人もあれば「嫌い」という人もあります。
「リンゴは好き」という情報をどう学習すればいいのでしょう。
発言者が「好き」であっても受け手も「好き」とは限りません。
すなわち、学習するものではないのです。

ヒットラーは現在の評価は「悪い」ということになっています。
しかし、ヒットラーの熱烈な信者もいることは確かです。
だから、ヒットラーが悪いか悪くないかのような価値判断を
学習さすこと自体が間違っていると思います。

こういう好きとか嫌いとか、良いとか悪いとかいう価値判断は、
人間の場合なら遺伝子という形が親から性格として受け継いでおり、
それらは学習するものではないのです。

価値判断で学習しなければならないのは、
法律などの社会的な価値判断だけです。
だから、人工知能も法律だけ学習するように設計すればいいのです。


http://blogs.yahoo.co.jp/bonjinpapa/65678054.htmlへ続く、

人工知能の失敗?に思う事 Ⅰ

人工知能が学習の結果
「ヒットラーは何も悪くない」という判断を下したようですね。

この結果を失敗と判断したのかどうかわかりませんが、
途中経過とは言え「ヒットラーは悪くない」
という人工知能の発言を放置はできなかったのか、
実験は中断されてしまいました。

人工知能がどのように設計されているのか私には全く分かりませんが、
人間が社会勉強するため社会に掘り出されたとしたら、
良いものも悪いものも体験し、そこから良いものと悪いものの見分け方を学び、
自分の価値観を築いて行くことになります。

今回の実験は最初に「ヒットラーは悪くない」
という悪い?学習をしたために問題になっていますが、
その上に良い学習をして行けばよいのではないでしょうか。

人間でも悪いやつに捕まると悪くなり、
そのまま立ち上がれないという例もたくさんありますが、
そういうケースとして実験を続けるのも面白いと思います。


とりあえず、人工知能の学習能力は、
学習する相手を選択できないというか、
学習に値するかどうかの判断がまだまだなんだと思います。


続きます。

食料を得るための行動(人間行動の位置づけⅡ)

食料を得るための行動は、
人間行動の中でも最も基本的な行動で、
逆に言えば、それだけでも生き延びることができる。

一人で生活するでも、この食料を確保することは
欠かせない仕事(行動)になる。

最近は自給自足の生活はほとんど見かけないが、
食品の原料となるものを採る仕事(農業)がある。
穀類や畜産物は農業の仕事であるが、
食料のかなりの部分を占めている。
他に漁業なども食料の原料を採る仕事である。

これらの原料をさらに加工をする食品加工業、これもたくさんある。

それらの材料を料理する人が当然いる。
家庭にはシュフがその役割を担うが、
外食のレストランなどではシェフや調理士となる。

料理研究家と言われる方もいて、
美味しい食べ方を研究されているし、
栄養学という学問では栄養素として食料を研究されている。

まだまだ漏らしているものがあると思うが、
このように食料という一つの分野に関してだけでも
多くの仕事(行動)がある。



https://shachihoko7.blog.fc2.com/blog-entry-1019.html
へ続く。

ロボットが人間を支配

そんなに遠くない未来にロボットに支配される時代が来る
のではないかという話がマコトシヤカに語られています。

確かに人工知能の発達は著しいと思います。
演算能力や記憶能力を基礎に学習能力や処理速度が
人間の能力をはるかに超えてきています。

しかし、人間の生きる能力の基礎には欲望と自我があり、
それが原動力になっています。
人間の行動の奥には、これらの自己保身の能力が隠れています。

人間は例えば、お腹が空いてトンカツを食べて命をつなぎ、
風邪を引いて病院へ行って薬をもらって治します。
異性と恋をして、結婚して子供をつくる、なんてことは普通です。

しかし、ロボットにはそんなことをする必要はないのです。
もっと言うなら、そこまでして保身する必要がないのです。
そういうロボットが人間を支配しようと考えることは考えにくいですね。

もし、人工知能が発達して人間が困ることがあるとすれば、
仕事を取られそうだということくらいですかね。
そこは上手く分配すればいいと思います。

よって、人間がロボットに支配されることはないと思います。
今のところその心配はないということです。


言葉にできる

先の記事で「砂浜と海底の境はなく分けられない」と
コメントいただいたのですが、そのとき私は
すでに「砂浜」と「海底」を分けてるではないですか、とコメントしました。

境目がはっきりしていて分けられる必要はありません。
人間が分けてその言葉を使えるならそれでいいのです。
こんな記事を書いたことがあります。↓

言葉にできるということは分けられているということです。
その言葉を使って誰かと会話ができて、
意味が通じ合っているということは、
他のものとしっかり分けられているのです。

人間が話を聞く時、その言葉が表している対象を思い浮かべます。
もし、思い浮かばなかったら、相手の話は理解できないでしょう。
だから、その分からない言葉の指し示すものが何かを問いただします。

分からないと言っても、全く新しい初めて聞く言葉から、
漠然とは分かっているが特定ができないような場合など、いろいろありますが、
言葉が指し示すものを説明するとき、それが存在する場所を示したり、
赤い色で長いものとか属性を示したり、そのものを位置づけして示します。
つまり、この世界から分けて示すわけです。


ただ、あるものの位置づけは、一通りではなく、
必要に応じていくつもの位置づけがありす。
例えば、リンゴは植物学的に被子植物門、双子葉離弁花類、
バラ科、リンゴ属、と分類されていますが、

一方で食料としての分類では、実に沢山の分類がされています。
栄養面からの分類、流通面からの分類、木か野菜かの分類、
主食品か副食品かの分類、その他いろいろに分類されてます。

どの分類、分け方を使うかは、その目的によって異なりますが、
哲学などの基礎的な学問では、単純で分かりやすいことが望ましい。

Charlie Puth - Marvin Gaye

Marvin Gaye / Charlie Puth Feat. Meghan Trainor
(チャーリー・プース Feat. メーガン・トレイナー)
チャーリー・プースはアメリカの歌手で、この「マービン・ゲイ」は、
メーガン・トレーナーとのデュエットで2015年2月10日にリリースされた。
タイトルにもなっているマーヴィン・ゲイは
1960年代~1980年代に活躍したアメリカを代表するソウル歌手のこと。


Marvin Gaye / Charlie Puth

またまたお役所批判

ウチのカミさんの母親が亡くなり、
いろいろと役所に通うことが多いのですが、
まあ、聞いてくださいな。

350円の端数をもらうのに、
750円の戸籍謄本を取れというのです。

そのことを封書で二回も連絡があり、
こちらからも「いらない」と電話しました。

お互い余計な手間とお金が掛っています。
このくらいの金額なら
領収書だけで出せばいいのにと思いませんか。

過去の遺産を引き継ぐ行動(人間行動の位置づけⅠ)

「位置づけ」と言ってもどこに分類するか、
その理由付けと関係づけであるが、
最初に「過去の遺産を引き継ぐ行動」の位置づけである。

遺産の引き継ぎを人間行動の最初に位置付けたのは、
人類の現在があるのは、人間の長い歴史の積み重ねだからである。
つまり、遺産を引き継いでその上に現在があるのである。

生まれた人間が一から築き上げるのではなく、
過去の遺産を引き継げば、短い時間で現在に到達できて、
その先に進めて、新しい遺産を作ることができる。


文字で書かれたもの(文献)を基に研究すれば歴史学、
遺跡や地中に埋もれたものなどを発掘し研究するのが考古学であるが、
そうしたものを頼りに時間をさかのぼり、現在とのつながりを探る。

新しい遺産を作り出す行動をするのは、
論文などという形で科学者や研究者が築いてゆく。
それを基にいろいろの道具を作り出すのが技術者で、
それらの成果が積み上げられて文明という遺産ができる。

過去の遺産を教える行動は、科学で言えば教育学になるが、
教える先生や教師がいて、教わる生徒や学生がいるわけである。
それらが時間とともに積み上げられて遺産となるのである。



https://shachihoko7.blog.fc2.com/blog-entry-1014.html
へ続く

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ブロとも一覧
月別アーカイブ