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表現の自由について Ⅱ

「表現の自由」というとマスコミとか芸術家が思い浮かびますが、
マスコミにしても芸術家にしても表現しなければ仕事にならないので、
当然ながら表現が自由でなければ、その分仕事がやりにくいわけです。

一方で社会秩序を維持するために、法律がありますが、
これはある意味で自由を制限して秩序を維持しているもので、
マスコミや芸術家といえども守らなくてはならないものです。

例えば数学や科学の真理を表現は自由だからと言って
勝手な法則は作れないし、作っても受け入れられませんね。

ところが、何が良いか悪いかとか、何が好きか嫌いかのような
価値観については、法律があるものは法律に従わなければならないが、
法律がないものは、自分の意見を言うのは言ってもいいが、
他人の意見はたとえ自分の意見と合わなくても攻めるのはよくないと思います。
マスコミという立場を考えるならなおさらです。

フランスで問題になっている風刺画(芸術の言えるのかどうか分かりませんが)
などは、宗教の話である。それも一つの価値観であり、
マスコミに掲載したのは、私はよくないと思っています。

ただ、問題なのは法との矛盾がないかどうかです。
つまり、宗教といえども法律は守らないと社会は混乱します。
今、問題になっている「イスラム国」とやらが宗教かどうかの判断以前に
法を守っていないところが問題ですね。
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レッド・ガーランド What's New

私はだいたいビートが効いたリズミカルな曲が好きなんですが、
最近、そればかりを聴いていると疲れてくるのです。
そんなとき、ピアノ演奏のバラードなどが聴きたくなります。

What's New はジャズのスタンダードナンバーですが、
ピアノ演奏だと Bill Evans のものが知られてます。
Bill Evans は大変人気のあるジャズピアニストですが、
メロディーラインがギクシャクしていて、私はあまり好きではないのです。

下の YouTube は Red Garland Trio の演奏のものです。

法律か人間か、知識か事実か

今日、テレビで戸籍のない人の話が出ていました。
結論から言えば、法律を守った役所のせいで、
戸籍がつくれなかったためにその人の人生が狂ってしまったのです。
役所にとっては人間より法律の方が大事なんですね。

だいたい法律というのは国民、つまり人間の幸福のためにあるもので、
役所が仕事しやすいようにあるのではないのです。
多少面倒でも、ときには法律を曲げてでも国民のためになる方を採るべきです。


これは法律に限ったことではなぃのです。
例えば偉い先生が書かれたものとか、新聞に書いてあったこととか、
テレビが言ってたこととか、その他、これまでの常識になっていることとか、
そういうものでも、時代の変化や宗教や民族の違いで通用しなくなることもあるのです。

法律でどうかとか、偉い人はどう言っているかとか、
とりあえずは、そういうものを基準に考えても、
最後は、自分の感覚と違うとか、事実と違うとか、
そういうときにはその基準は捨てる方がよいこともあるのです。

いつでも自分の感覚が良いとか正しいと言っているのではなく、
そういう目も必要だと言いたいのです。


私はあまり書物に拘らないようにしています。
なんて、本当はそういうものを読むのが面倒なんです。






我慢は必要ない

「我慢する事は幸せ」という内容の記事を
ちょっと前に読んだことがあります。
我慢が時には必要であることは私も感じていますが、
それが幸せというのはどんな心理なのかと思ってしまいます。

「我慢」と言う言葉自体が幸せでないときに使うもので、
幸せでないから゛我慢するのですよね。
言い換えれば、我慢している限りは幸せにはなれないのです。


この話で私は何か書こうとメモしておいたのですが、
何とも簡単な答えになってしまいました。

私の場合は我慢をしないでそれを笑いに変えるように努めています。
案外辛いことは笑いのネタになるものですね。
たいていの場合は自分をコキオロすと笑いになります。

Christoff - Sweet Caroline

Sweet Carolineという曲はNeil Diamondが作詞作曲して
本人が歌って1969年に大ヒットした曲です。
日本でもそれなりの年齢の人はもちろん、もっと若い人でも
洋楽に興味がある人は一度は聴いたことがあると思います。

ここで歌われている「Caroline」と言うのはケネディ大統領の令嬢で
アメリカの現在の駐日大使のことです。

偶然なんですが、Youtubeでこの曲の素晴らしい演奏を発見しました。
歌っているのは Christoff というイケメンの男性ですが、
フランス語かオランダ語かそのあたりの歌詞で歌っているので、
そのあたりの国の人のようです。ええ加減ですいません。


教育のあり方

生まれてこの方、ずっと死ぬまで
感覚器官で外界を捉え続けています。
それらは経験として脳に蓄積され知識として
これからの生きかたの判断の土台になります。

この点はほとんどの人に共通のことなので
学者の先生方や会社の社長やその他とんなに偉い人でも
グレた兄ちゃんでもお寺の坊さんでも変わりはありません。

違うところは、親から引き継いだ遺伝子と
その後の勉強で得た知識の量と種類です。


学校というところは、
大部分は先生の話や本に書かれた文章から知識を学びますが、

学んだことをそのまま自分のものにするか、
その話や文章を自分の経験に照らして自分のものするか、
その生徒の個性で異なります。

また、言葉で学ぶのが苦手な生徒もいます。
私のように興味もないのに無理に記憶するというのが苦手な人や
論理的に考えるのが苦手な人もいます。

そういう人にとっては言葉で学ぶことが苦痛なのです。
それより、五感で捉えて感覚で理解する方が得意なのです。
そういう生徒にはこれまでの教育方法は通じません。

それぞれの生徒の個性や興味に合わせて
いろいろの教え方・内容があっていいと思います。
とりあえず、形にこだわってそこからはみ出すことを拒む、
そういう従来の教育方法は、
それに合っている生徒にはいいかもしれませんが、
合っていない生徒には悲劇です。

もう少し、柔軟でいいのではないでしょうか。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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