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人間は社会の中で生きている

この世界は自分が感じてはじめて有るもので、
自分の感覚がすべて無くなってしまったり、
極端な場合、シンんでしまったりすると、
もうどこにも世界は有りません。

だから、世界は自分の世界であり、
自分を中心に動ていているとも思えます。

しかし、自分が生きるためには
自分を取り巻く自然がなくてはならないし、
自分以外の人間もなくては成り立たないのです。


私は先の記事で「自分に正直でいいのか」を書きましたが、
自分に正直に生きようとすると自分中心になってしまいます。
しかし、生きる場は社会の中であり、
その社会は安全で快適な場であることが望ましい。

自分に正直、悪く言えばわがままを通せば、
その分、社会は快適さが失われます。


自分に正直であれば、
何を考えているか気持ちが伝わりやすいという人もありますが、
あまり正直すぎると相手を傷つけることもあります。
この点は、私が失敗して沢山経験済みです。(笑)

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自分に正直でいいのか

長崎県佐世保市の高校1年の女子生徒がコロされた事件の加害少女は、
いわば「自分に正直」に行動したわけです。

「自分に正直」を標榜される方に、上のような言い方をすると、
「あれは病気がそうさせたもので、普通の人はそんなことはしない」と言います。

それも間違いではないと思いますが、
「人をコロしてみたい」という人はちょくちょく耳にします。
病気かそうでないかの区別はどこでするのでしょうかね。


私は人間にはそれぞれ個性があって、その個性は尊重されるべきだと思っています。
それなら「人をコロしてみたい」という個性も
尊重しなければならないのかというとそうではありません。

個性は尊重されるべきですが、同時に社会の秩序の維持も必要です。
「人をコロしてみたい」からと言ってそれを行動に移されては社会としては困ります。
この「個性の尊重」と「社会秩序の維持」というのは時に対立するものです。

そこで「社会秩序の維持」のために「最低限これだけは守ろう」とあるのが法律です。
「法律とは」なんて難しい議論は抜きで、勝手にこのように位置づけましたが、
こうすることで「個性の尊重」が大手を振って位置づけされます。


したがって、学校でも「個性の尊重」とともに
「法律は守る」ということをセットで教える必要があります。
この二つは切り離せないものなんです。

つまり、自分はこうしたいと思っても、
社会はそうしてほしいと望んでいるかを同時に考えられるように
学校も社会も子供たちに教えて行かなければならないのです。

そして法律というのは社会の望んでいることの最強のもので、
それに従わなければ社会から排除され、社会の中で生き辛くなること、
も教えなければならないでしょう。

それでも自分を押し通したいというような子供には
強制的に治療することも必要になると思います。


「個性の尊重」と「法律は守る」ことを 切り離してしまうと
「個性の尊重」「自分に正直」だけが独り歩きして
人をコロすこともまかり通ってしまういます。
だから「個性の尊重」と「法律は守る」ことはセットで教える必要があるのです。

もちろん、これで人をコロすような子供がなくなるかというと、
完全にはなくならないと思います。
でも、今よりは減るのではないでしょうか。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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