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実存主義について

「実存」というと「実存は本質に先立つ」という言葉を思い出しますが、
「実存」というのは「現実存在」を略した言い方のようですね。
とりあえず、普遍的なものとか、本質的なこととか、
自分から離れて客観的に世界を眺めるこれまでの哲学に対して、
自分を見つめる哲学とでも言ったらいいでしょうか。

しかし、哲学者によって自分のどこを見るか、自分はどうあるべきか、
自分の捉え方や見る視点はいろいろで、異なったいろいろの哲学がありますね。
私は実存主義というのは哲学というより文学と言いたいところですが、
そこに現れた生き方や哲学者自身の生き方などが「哲学的である」から哲学なんでしょうかね。


まあ、どんな主義を唱えようと、それは自分の唱えであり、
その意味では実存主義と変わりはないわけです。
もともと世界は「一つで全体」です。自分から世界を眺めているのです。
そして自分はその世界で生きているのです。
実存主義者でなくてもそれは分かっていることなんです。

自分が出発点(そういう意味で本質に先立っている)であることは、
誰も分かっていることですが、だからと言ってそこに留まる必要はないのです。
自分の興味に向かって自分から飛び出しても構わないというか、
世界は自分も含めた一つの全体であることを理解しておればいいのです。



「一つの全体」の中から特に自分に関心があるか、
社会に関心があるか、自然に関心があるか、などの差であって、
それぞれの関心にしたがって、自然科学や社会科学や心の科学に寄与すればいいし、
それぞれの個性で生きて行けばいいことです。


この世界は人間が考える以前から与えられており、
人間に出来ることは、この与えられている「一つの全体」を分けることだけです。
分けたところに関係が生まれます。
また、分け方によって関係も違ってきます。

こんなところに実存主義の姿が見えてきそうです。

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風呂の話し

先日、娘が「お父さん、お風呂入った?」と聞くので、
私は「入ったよ」と答えました。

それで娘は風呂に入り、出てきたので、
私が入ろうとしたところ、風呂の湯がないのです。
私はまた、裸でパソコンに戻りました。


娘は私に「入浴したか?」と聞きたかったようですが、
私は「風呂の湯が入ったか」と聞かれたと思ったのです。

こう言う間違いよくありますよね。
ちょっと前には、カミさんに「風呂入ってる?」と聞くと
「入ってる」というので入りにゆくと入ってない、
というのがよくありました。

寒い冬に裸で湯が入るのを待つのは辛かった思い出があります。

父親の権威失墜

先日、娘が仕事の話しで思うようにゆかないことを嘆いていた。
そこで私が「はっきり言えば」というと、娘は
「はっきり言ってトラブルになるよりマシ」と言うのです。

そう言われて自分のトラブルのことを思い出して、
それ以上は何も言えなくなってしまいました。
完全に親の権威失墜です。

もちろん親にしても先輩にしても、自分の失敗や経験を元に
教えている訳で、普通ならここで言い返すところですが、
そのときはそれ以上言葉が出ませんでした。

もう、あまり子供には言わないことにしました。
このようにして、親から子供に世代交代してゆくのでしょうね。


ただ、私が「はっきり言えば」というにはそれなりの意味があるのです。
私も娘と同じように、思っていてもあまり外に出さないタイプですので、
その性格で、これまでにバカにされた経験もあり、
言うときには言わないと、極端な場合イジメられるという思いがありました。

そうは言っても、そう簡単にはいかないのは分かっていますが、
娘は私より社交的で、何とかやってくれると期待してます。

他人の心の中まで立ち入るな

昨日の話しです。
ネットで息子が良い釣り場を見つけたと、地図を広げて説明をするのですが、
その場所の特定がなかなかできなかったのです。
というか、私と息子で意見が食い違ってモメテいました。

そこで息子は別のネットで、その場所の写真を出してきて、
自分の言っている場所の方が合っていると主張するので、
私も写真を確認したところ、息子の言う方が合っていると認めました。

後はちょっとした写真の角度とか、細かな位置関係で息子と意見のずれはありましたが、
現地を見ない状態で、それ以上詰めても仕方がないと思ったので、
「あんたがそう思うならそうしとけや」と話を打ち切つたところ、
「お父さんは自分(息子のこと)が間違っていると思っている」とその思いを改めるように迫るのです。

現地を見ればすぐに解決することなのだが、今決着しないと気が済まないらしいのですが、
この息子の頑固さに「さすが我息子だ」と感心した次第です。(笑)


しかし、たとえ自分の考えが正しかったとしても、他人の心の中まで立ち入って
「その思いを改めないと引かない」という態度は改めさせないと、と思いました。

私なども議論していて、相手がまだ納得してないなと思っても、
表面上は引き下がっていれば、それ以上は追及はしないものです。

法律でも、心の中でどう思っていようと、罪にはなりません。
それを口に出して他人に言ったり、行動に出したとき、
内容によつては罪になるのです。

神や仏は心の中まで問題にしますが、社会生活をする上では、
他人の心の中まで立ち入ることは許されません。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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