FC2ブログ

私は「良いこと」は言わない

私はよくウチのカミさんに
「ブログでは良いことばかり言ってるけど現実と大違いだ」と言われます。
ブログのコメントでも同じようなことを言われたことがあります。

確かに、「こうありたい」と言う思いも込めて書いていますので、
現実とは違ったところは多々ありますが、
もう一つ言えることは、私の記事はそれほど「良いこと」は書いてないことです。

私が「良いこと」と思うのは、人に親切にするとか、迷惑をかけないとか、
人の物は盗まないとか、その他人に直接利益をもたらすこととか、
人に不利益をもたらさないこととかが「良いこと」なんです。

しかし、
人間は「良いこと」をしようと思っていたとしても
現実はそうはできないこともあり得るため、「悪いこと」をしてしまう。
私が記事に書くのは、それを防ぐためのいろいろの方策とか、
自分がそうならないための心構えなどについて書くことが多いです。

それから、「良い」とは何かとか、
見る角度によっは「悪いこと」がよいことにもなることとか、
そんなへそ曲がりな記事を書いたりもしています。

それらもある意味では「良いこと」ではありますが、
どちらかと言うと学問的というか教育的立場の記述です。
お間違えのないようにお願いします。

スポンサーサイト

ゆとり教育か脱ゆとり教育か

今朝、NHKで「ゆとり教育」の話をしていました。
詰め込み教育の弊害をなくすために「ゆとり教育」になったけれども、
今度は成績が落ちてきて、外国との競争にも負けてしまうというのです。

そこでどういう教育の方法(ゆとりか脱ゆとりか)が良いかの話しでしたが、
私が思うには、どんな方法を取っても、何らかの問題は出てくると思います。

生徒一人一人異なった個性を持っているし、頭脳の程度も差があります。
これら全ての生徒が満足できる方法なんて有り得ないのではないでしょうか。


最低限基本的な事は全員に教えるとして、
後は個性に合わせて違った教育をすけばいいのではないでしょうか。

数学の得意な生徒にはどんどん難しい内容の数学を教えたらいいし、
地理の好きな生徒には都道府県の位置関係や県庁の所在地も教えたらいいのです。
外国との交流・仕事がしたいという生徒なら英語を教える。

また、学校で教える内容だけでは勉強時間が少ないと思うなら、
そういう生徒は塾に行けばいいのです。

とりあえず、社会に出て必要とは限らない教科は選択にして、
それぞれの生徒の好みで選ぶことができるようにするのです。
そうすればどういう教育をするかなんて悩むことはないのではないでしょうか。

後は教える方法つまり技術的な問題だけですね。

個性と社会のマッチング

人間には生きるための技が備わっています。
これは人によって内容が異なっています。
頭脳が優れている、体力が備わっている、話術が優れている、
人に好かれる、忍耐力がある、素早い判断ができる、
その他、これらがその人の個性です。

仕事の内容によって求められる技は異なりますし、
また、時代によって、民族によって、地域によって求められる技も異なります。
それらの個性とのマッチングが大切だと思いますが難しい問題です。

個性と仕事に限らず、社会生活全般でも、
今の社会(例えば民主主義)と合わない個性の人もあります。
この人戦国時代だったら活躍できただろうなあ、と思える人があったり、
原始時代だったらもっと自分を生かせる、なんてことを言った人もいました。

民主主義が絶対でないという認識は必要で、
合わない個性への配慮は必要ですし、
社会としても「合わせない」ではなくて、
それなりの工夫が必要に思います。

味方を作るなんて

もう大分前になりましたが、
娘が「味方を作った方がいいよね」というのです。
仕事での人間関係に悩んでいるようでした。

その時何て返事をしたのか思いだせないのですが、
振り返って、考えてみると
味方を作るなんてことを私は考えたことがないようです。

人間を敵と味方に分けるなんてことは不可能に思えます。
確かに、性格の合わない人合う人という区別はあっても、
それは敵と味方とは少し違いますね。

戦争の時やスポーツのときでもないと
敵味方なんて考えられないですね。
状況にしたがってそのまま対応するだけのものです。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ブロとも一覧
月別アーカイブ