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無利子国債大歓迎ですが

これまでは、安い労働力を求めて企業の拠点を海外に移したり、
海外の安い労働力を雇い入れたり、派遣など非正規労働者を使ったり、
外注に出したりして、コストを下げようとしてきました。

しかし、今安倍内閣の無利子国債(日銀引取)の増発のいう手段で、
円安に誘導するという方法を取れば、相対的に労働コストは下がります。
なのに、いまだに安い労働力を求めることに神経を割いています。

インフレ目標を2%に設定するなどせずに、
安い労働力を求める代わりに、どんどん制限なくインフレ誘導すればいいのです。
相対的に労働コストは安くなります。


こういう方法で困るのは低所得者です。
この低所得者の収入をインフレに合わせて底上げする工夫が必要です。
これで無利子国債の増発によって円安に誘導しても不満は最小限にできます。

安い海外の賃金に対抗するために、今の日本の賃金を下げようとすると、
いろいろ問題が起きてきます。
かつては総中流意識を持ち、治安が世界一いいとされる日本でしたが、
このまま行くと格差社会が進行して、犯 罪はどんどん増えてきます。
東日本大震災のときに見せた日本の秩序も消え去るでしょう。


別の言い方をしますと、これまでは、
労働コストの多いところを少ないところに合わせるやり方でしたが、
少ないところを多いところに合わせるという、
見かけ上は逆転の発想が必要と思います。
この方法が一番簡単で問題(国民からの不満)も少ないと思います。

蛇足ではありますが、あくまでも発行するのは無利子の国債で、
有利子の国債の発行では意味がありません。

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どこからがインフルエンザ??

家庭医学事典には「インフルエンザは普通のかぜとは異なり、
突然の38℃以上の「高熱」や、関節痛、筋肉痛、頭痛などの他、
全身倦怠感、食欲不振などの「全身症状」が強く現れるのが特徴です。」と書いてあります。

実は先日、ウチのカミさんが上のような症状で病院へ行って診察を受けたところ、
上記症状の内、高熱のみがなかったので「インフルエンザではない」と診断されたそうです。


しかし、一方で「症状が軽くて知らないうちに罹って治っている」こともあると聞きます。
ウチのカミさんのは、実はインフルエンザで軽かっただけなのではと思ったりします。

私も毎年同じような症状でインフルエンザに罹っていると思っているのですが、
高熱になることはないので、病院には行ったことはありません。
ワクチンを接種したこともないのです。
もう、免疫はできていると思い込んでいます。

世の中、なかなか分からないことが多いものですが、
このインフルエンザはどこからがインフルエンザなんでしょうね。
これを考え出すと眠れなくなりますが(笑)、思い込みで生きるのもいいものですね。

「力」の必要性

高校の体育部の体罰で自殺した生徒がいた話が
ニュースなどでまだ聞かれますが、
だいたいスポーツは力がものを言う世界ですね。
だからと言って体罰(力)で成績を上げようというのは考えものですがね。

力が必要なときは意見がまとまらないときなどで、
理屈よりも声の大きい人にしたがったりします。

民主主義の欠陥は、みんな言いたいことを言って意見がまとまらい点で、
この欠陥をを補うためには、
理屈ではなく力でまとめるというのも効果がありますね。

ただ、これは下手をすると悪をも許してしまうことになるので、
そこが難しいところですね。


先に「独裁」についての記事を書いたことがありましたが、
それと似ていますが、「独裁」とは違うところは、
論理的な思考は「力」には必要がないということです。

「良い」には三つの種類がある パートⅡ

先の記事では自分にとって「良い」と、
社会にとって「良い」の二つを書きましたが、
パートⅡは三つ目の宗教的に「良い」についてです。

先の二つの深層には「欲」が隠れています。
自分にとって「良い」ものはたいてい生きるための欲が深層にあります。
社会にとっての「良い」も突き詰めれば欲です。
例えば、秩序の維持も治安が良くて安全であれば、危険は少ないわけで、
生命の維持という欲につながっています。

しかし、宗教的に「良い」というのはこの欲を取り去ることなんです。
その理由は、この欲が邪魔をして真理を見る目を曇らせているからです。
真理が見えないことによって人は人生に迷い、死を恐れなければならないのです。

こんなに簡単に言ってしまっては理解は難しいと思いますが、
とりあえずは、そういう理解で先に進んでください。


宗教や宗派によって異なりますが、
この欲を取るためにいろいろのことがなされています。
俗世間と縁を切って寺や僧院にこもって内省したり、
荒行で修行したり、座禅を組んで瞑想したり、
その他いろいろの方法で欲を取り去った状態を体現します。
そして真理を見るのです。

欲を取ってしまって社会生活ができるのかと思われるでしょう。
実際にある宗教に入信した人が「出世はできないぞ」と言われたと言ってました。
真理を見たいか欲を満たしたいかどちらを選ぶかということになりますが、
それは人それぞれでしょうね。

私は思うのですが、
若い心身ともに元気な人なら無理に宗教に向くことはありませんが、
今見ている世界とは別に真理の世界があるということくらいは知っておいてほしいですね。
そして、人生に迷ったときには立ち寄ってほしいですね。

「良い」には三つの種類がある

「良い」と言われることには三つの種類があり、
それぞれが意味が異なり、互いに矛盾することもあるのですが、
現実には、これらが区別なく使われていて、混乱しています。

その一つの種類は自分の求めているもので、
それが手に入れば「良い」となるわけです。
たとえば大学受験、合格すれば「良い」わけですし、
美味しい夕食ができたら「よい」のです。

もう一つの種類は社会が求めているもので、
社会の秩序を乱さないとか、助け合って協力するとかです。
たとえば、交通ルールを守れば社会からは「良い」と評価されますし、
集団への協力にかぎらず、困っているお年寄りを助けるのも「良い」ことです。

この二つは両立しそうですが、両立できないこともあります。
たとえば、お腹が空いていてパンがほしいがお金がないようなとき、
パンを盗んで腹を満たせば、自分は空腹がなくなり「良い」のですが、
社会としては、盗むことは「悪い」ことなんですね。

もう一つ例を出しますと、例えば画家を目指して勉強しているが、
なかなか社会から認められない、という人があります。
自分としてはこれが「良い」と思って絵を描くわけですが、
社会からは、それだけの価値を認められなくて、挫折するようなこともあります。

このように、必ずしも自分と社会の評価が一致するとは限らないものです。
性格(個性)も社会との関係は無視できないですね。

「良い」の種類にはもう一つあるのですが、
これについては、稿をあらためて書きたいと思います。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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