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「正しい」なんて

私はよくカミさんから
「自分ばっかり正しいと思ってる」と言われます。
とんでもない。

私は「正しい」なんて言葉自体大嫌いで、
それを聞くと寒気がします。
人間に対して使う言葉とは思っていません。

私は「正しい」なんて思ったこともないし、
そんな言葉を使ったこともないと思います。
「それほど悪いことはしていない」と思っているだけです。

「正しい」という言葉は、数学の問題の答えに対してや、
その他、試験の解答などに使う言葉で、
人間のすることの評価に使うものではないと思っています。

よくそれを人間のすることの評価に使う人がありますが、
それは間違いで、人間には「良い」か「悪い」が適切です。
人間のすることなんて、せいぜい人間のためのもので、
それだって、見方によってはそうでもなかったりしますからね。


凡人のたわごとでした。

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「認める」ということ

私は常々もっと個性を尊重し合える社会的な風土が必要と思っています。
でも「個性を尊重する」「個性を認める」と言っても、
それがどういうことか理解がしにくいと思います。

社会にはいろいろの個性の人がいて、一緒に生活していますが、
いつでも仲良く協力しながら生活しているとは限りません。

「あんな奴、顔も見たくない」とか「どこからあんな考えが出てくるのか」とか
そう思いたくなるような人もいますね。
その人たちもそれぞれ個性の持ち主で、それが現れているわけですが、
そういう人達の個性も尊重しなければならないのかと思ってしまいますね。

しかし、そういう人でも親しくなると、ある程度気持ちが理解できるようになります。
「あの人はああいう人」という評価が定着して、理解はできなくても許せるようになります。
この状態が「個性を尊重」できている(認めている)状態ではないでしょうか。


もう少し、具体的に考えてみます。
私は挨拶が苦手なんですね。そういう人ありますよね。
顔を合わしても挨拶しない人もいますが、私はとりあえず頭は下げますけどね。

こういう個性の人は、別にその人を嫌っているのではなくて、
「お早うございます」とか「今晩は」とか、その言葉の意味と自分の気持ちが合わないのですね。
つまり、今その言葉を発する理由がないのです。
あるいは、静かで大人しい性格で、今話す事が無いだけなんですね。

もちろん、挨拶もできて人との交流がある方がいいのですが、
静かな生活を好む人にとっては、それは苦痛なことなんです。

そういう個性の人はよくありますが「そういう人」で通っています。
これがその人をその人と「認める」ということではないでしょうか。


これは、どんな個性も認めるということではなくて、
最低限法律は守るというのが前提になりますけどね。

凡人のたわごとでした。

感謝すること

先日、ある宗教者のブログで政治(消費税)のことについて話をしていたとき、
批判ばかりされていることについて「感謝の気持ちは必要」というようなことを言ったところ、
「何に感謝するのですか」と質問が帰ってきました。
この方にとっては「政治」と「感謝」は無関係のようでした。

教会では神に感謝し、お寺では仏に感謝しますが、
神や仏はこの世界とは別の世界にいるのでしょうかね。
教会では神に感謝し、現実の世界では不平不満を言う、何かおかしいと思いませんか。

政治に直接感謝するというのはおかしいとしても、
感謝するのは現実の日常生活の場でするもので、天上の世界にするものではないと思います。
毎日、与えられて生かされている、そのことに感謝するのです。

それは今の政治に満足ではないとしても、
治安のいいこの国に生かされて、曲がりなりにも三食食べられているなら、
宗教者として「批判ばかり」はないと思います。


この方は宗教者でしたので「宗教者」と断りましたが、
私は批判ばかりする人はあまり好きではありません。
消費税だっていいところもいっぱいあるはずです。

もちろん悪いところも沢山あると思いますが、
いいところ悪いところを比較して、どちらがいいかという
そういう考え方がどうしてできないのでしょうね。

凡人のたわごとでした。

二つのタイプの比較

先の記事の続きです。

自分中心に考える人との付き合い方で一番よくある困るケースは、
気持ちをそのままぶつけられて戸惑うことですね。

それは事実なんだから仕方がない、と思っているようですが、
それを聞いた相手がどういう気持ちになるか、ということが考えられてないのです。
そういうタイプの人と付き合うときは、
いつも何を言われるか分からないのでビクビクしています。

しかし、それはもう一方の社会を中心に考える人で、
同じ自分を中心に考える人同士ではそれほどでもないようですね。
意にそぐわないときは従わなければいい訳です。
つまり、それぞれが自分中心に考えているから相手を気にしてないのですね。

ところが、社会を中心に考える人は相手の意思を汲み取って、
できるだけ相手の意思を尊重しようとするため、
意にそぐわない言葉や注文には困る訳です。
できれば避けて通りたい相手なんです。


一方、社会を中心に考える人との付き合い方で一番よくある困るケースは、
お互いが親切を譲り合わないことですね。

よく見かける光景ですが、一緒にレストランなどで食事をして支払いのときに、
「私が払う」と言って譲らないようなケースですね。
相手も同じようにあなたに喜んでもらいたいと思っていることが
理解されてないみたいですね。

それから、同じことかもしれませんが、
相手もあなたに喜んでほしいので、あなたの本心が知りたいとも思っているはずで、
自分の本心を示すことも時には必要ですね。

自分を中心に考える人にとっては、
こういうタイプの人は何を考えているか分からないので苦手でしょうね。
自分をぶつけることで相手と付き合うのが流儀なんでしょうが、
時には喧嘩にもなります。

もちろん、社会を中心に考える人達でも喧嘩はあるでしょうが、
基本は「仲良く」なんですね。


両極端なケース(タイプ)の話をしましたが、
現実にはもっと中間的な人の方が多いと思います。
この記事は私の経験に基づく結論ですが、皆さんはどう思われますか。

社会を中心に考える人

自分を中心に考える人とは逆に社会を中心に考える人があります。
自分より他人(社会)の喜びを大切にするタイプの人です。
他人に感謝されることが励みになるのですね。

ある意味でそれも「自分に正直」な気持ちなんですね。
喜んでもらって嬉しいのです。
その嬉しいという気持ちに正直なんです。

人間は一人では生きては行けません。
他の人と協力しながら生活しているのですから、
その関係を維持するためには迷惑にならないばかりでなく、
感謝される存在であることは大切ですよね。

他人と共に生きるためには、あるいはこの社会で生きるためには、
この他人への配慮は欠かすことはできません。


ただ、ここで問題なのは、社会は何を望んでいるかです。
人間にはいろいろの価値観の人がいますので、
望んでいること、その程度もいろいろなんです。

その人はいいと思っても、他人が誰でもいいと思うとは限りません。
薦められた人は傍迷惑ということもよくありますね。
その価値観には賛成できない人には、それは偽善に見えることもあるでしょう。

いいことでも、付いては行けないということもあるもので、
そのあたりも考えた上で薦めてほしいですね。


このシリーズ、まだ続きます。

自分を中心に考える人

先の[ http://blogs.yahoo.co.jp/bonjinpapa/63422090.html 「人間の二つのタイプ」]の中で、
自分を中心に考えるタイプの人は、
自分に正直で悪く言えば我がままです、書きました。


しかし、自分に正直を称える人の多くは、
欲望のままに生きることを薦めてはいないと思います。
法律は守り他人には迷惑をかけないことが暗黙の前提になっています。


だから、決して我がままとは思えないし、
むしろ素直に受け止められて聞いていても気持ちがいいですね。


ところが、この「自分に正直」を称えると、
それは欲望のままに生きることであると勘違いする人があるのです。
この人達も「自分に正直」を賞賛する人達です。


先日もテレビで河川敷でのバーベキューでのマナーにいて取材していました。
ゴミを持ち帰らない若者に「どうしてか」と質問していましたが
若者は「それが人間の性だ」というのです。


また、あるブログで「悪」はよいことと分かったと記事にしていましたが、
これなども欲望のままに生きることをよいと言っているわけですね。


こうなると「自分に正直」を称えることが悪いことのように見えてきます。
「自分に正直」は決して「欲望のまま」ではないことも称えてもらいたいものです。

人間の二つのタイプ

人間には二つのタイプがあります。
一つは自分を中心に考えるタイプです。
もう一つは社会を中心に考えるタイプです。

こういう言い方をすると人間は二種類に分けられると受け取られそうですが、
そうではなくて、人間の二つの側面と言った方が正確でしょうか。
この二つの側面は誰でも持っているのです。

違うのはその二つの側面のどちらがどれだけ強いかです。
それによって、その人の性格が決まってきます。
(性格を決める要素は他にもありますが。)

それでも「人間の二つのタイプ」と分けてしまったのは、
この両極端な二つのタイプは全く正反対の性格で対立も激しいからです。


自分を中心に考えるタイプの人は、
自分に正直で悪く言えば我がままですね。
自分の気持ちを大切にして、それをもとに行動するタイプです。

社会を中心に考えるタイプの人は、
他人(社会)が喜んでくれるのが嬉しいのですね。
自分の気持ちを犠牲にしてでも他人に尽しすが、時に人にもそれを強要するので、
偽善者とも完璧主義とも受け取られて疎まれることもあります。

これは両極端な場合でたいていの人はもっと中間的な人達なのですが、
もっと具体的にこの二つのタイプを見ることで、人間の本性が分かってくるように思います。
これから具体的にそれぞれのタイプを見てみたいですね。

つづく、

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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