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今、国内旅行をするチャンスですよ

京都の観光地は最近は中国など東南アジアからの観光客が多くて、
何か異様な雰囲気で、ゆっくり観光する気分にはなれません。

しかし、今は原発事故の影響で中国などからの観光客が減って、
静かに観光することができます。
それは京都に限らず日本の有名な観光地はどこも同じではないでしょうか。

今、国内旅行をするチャンスですよ。
大いに日本の国内の旅行をしましょう。
疲れに行ったようなもの、にならずに、心を癒す旅行になると思いますよ。

そしたら、お客が減りすぎて困っている観光地の方にもブラスになりますね。
一石二鳥です。

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もめている場合じゃない

震災に援助の手が各方面からきています。
国内だけでなく、海外からも、
これまで敵対していた国からもきています。
敵対している国に援助するという心理はどこからくるのでしょうね。

北朝鮮からもきているそうですね。あれも受け取るのでしょうか。
いかにも下心がありそうですがね。
ロシアが援助の意思を早々と表明しましたが、
ロシアとは領土問題でギクシャクしていましたね。

今回のような予想もしない大きな災害があったときには、
これまでの関係なんか吹っ飛んでしまうのでしょうか。
そんなことを言っている場合じゃない、のでしょうか。

そういえば国内でも、
あれほど対立していた国会も当初は「全面的に協力する」とのことでしたね。
もめている場合じゃないのですね。


日本の国(地方も含めて)は財政赤字が深刻です。
震災の処理もこれからという段階で、
日本の国の現状は「もめている場合じゃない」と思うのですがどうでしょうか。

感謝の気持ち、不満の気持ち

毎日のように震災の現地の様子が伝えられていますが、
そんな中で気になるのは、今の気持ちを聞かれたときの答え方です。

質問のされかたにもよるでしょうが、
「ありがたい」と感謝する人がいるかと思えば
「何が足りない」とか「早くしてほしい」などと不満を言う人もあります。

感謝の言葉を聞くと気持ちがいいですね。
これは与えられている状況を嬉しく受け止め、そのことに感謝しいる訳で、
宗教的にはこういう心の持ち方を勧めます。
これは「自分」の心を癒すための方法です。

不満の言葉は、時には誰かの責任を追及しているようにも聞こえて不愉快ですが、
しかし、一方でこれは足りないところを追求する心の表れで、
現状をよくしてゆく力になります。

これは「社会」を改善するための力になのですが
その力を単なる不満として政府や東電に求めるのではなく、
自分達でやれることからやって行こうとしている人達もあります。

「何が足りない」「早くしてほしい」に応えるのも必要ですが、
こういう自分達でやって行こうという動きにこそ、
政府も援助の手を差し延べてもいいのではないでしょうか。

神の怒り

今回のような巨大地震が起きたとき、
原始時代なら「神の怒り」か「神の祟り」として処理されたでしょうね。

住まいをリーダーが「この洞窟にしよう」と決めたからと言って、
津波に襲われてもリーダーを責めるなんてことはないでしょう。

ところが、その神に逆らって天災を防ごうと構築物を作りはじめると、
その構築物の強度などが問題となって、造った人の責任問題がでてきます。

月に人間が行ける時代ですから、
その技術をもってすれば何でも可能だろうと思うのは普通でしょうが、
しかし、誰でもが何時でも月に行けるということではないことを認識している人は少ないですね。
技術的に可能であっても、すべてにその技術が使えるとは限らないのです。

経済的理由もあるでしょうし、例えば巨大な防潮堤を造って日常生活に支障はないのでしょうか。
美しい景観はなくなりますし、日照の妨げにもなります。
つまり、どこかで線を引いて「ここまでしておけば大抵のことは大丈夫」というところで妥協します。


原発を造る場合も同じです。
どこかで妥協して(線を引いて)設計して造ります。
だから時に、その線を超えて神の怒りに触れるのです。

所詮人間は人間でしかなく、神(自然)には勝てないですよね。

人災か天災か

この度の東日本大震災で福島第一原発が破損しました。
それを人災とするか天災とするか、
しっかりした根拠付けがない、やや感情的な発言を耳にします。


人間が造って操作していて事故になった場合は人災というのでしょうね。
スリーマイル島原発事故は操作ミスによる事故でしたので人災です。
しかし、今回の福島原発の事故は地震とそれに伴う津波によるものです。
地震や津波は天災ですので、今回の原発事故は天災という考え方もあり得ます。

でも、地震や津波が起きても大丈夫なように原発を設計した筈です。
設計をしたのはやはり人間ですので、
地震や津波に耐えられなかった今回事故は人災ということになります。

このように、その直接の原因が自然か人工かでは単純には決められません。
予め事故が予見できるときは、その対策をしなければ人間の責任が問われます。
こういう考え方からすると今回の事故は人災になるわけです。


しかし、この考え方には大きな疑問があります。
それは原発に限らずすべてが人災になりはしないかということです。

例えば、避難するとき高速道路をくぐらなければならず、
くぐれるところが一箇所しかなかったため避難しようとする車が渋滞して、
津波に飲まれて亡くなった方が沢山いたそうですが、
これなどは予見できたことですので、もう何箇所かくぐれる道路を造らなかった人間の責任です。
つまり、こちらも人災になりますね。


今回の地震や津波で万という人が亡くなりました。
しかし、今回の原発事故では現在のところ一人も亡くなった方はありません。
なのに何故原発が大騒ぎされるのでしょうか。
それは放射能という目に見えないものが不安をもたらしているからです。

何故不安なのか。
それは将来にわたってガンなどの死につながる病を発症する可能性があるからです。

「可能性がある」これが不安の元なんですが、
どのくらい可能性があるのかはしっかりした認識を持たれていないようですね。
チェルノブイリ原発事故のときに治療のために現地に赴いていた医師の話では、
例えば放射性ヨウ素131が幼児に甲状腺ガンを発症させる確率は十万分の一だそうです。
しかも、それはチェルノブイリにおいての確率です。

単純に死者の数を比較するのは問題があるとは思いますが、
大騒ぎしなければならないのはどちらなのかと思ってしまいます。
みなさんのご意見をお聞かせください。

不安をあおる

何か大きな事件や事故があったとき、デマが飛び交います。
そのデマの元をたどると、不安という人間の心理にたどり着きます。

今得ている情報を元に自分の知識を駆使して推理をするわけですが、
楽観主義か悲観主義かなど性格にもよるでしょうが、
だんだん不安になってくるようですね。

不安に基づく判断ですので、正常な判断は出きないでしょうから、
そうした心理状態からデマになるものも出てくるのでしょう。


しかし、同じ事をしても専門的な知識を持った人ならデマにはなりませんね。
それは確かな知識が土台になった判断だからです。

それでは知識はそこそこあり自信を持っている人の判断はどうなるのでしょうね。
あるいは信念のようなもので判断をする人はどうでしょうね。
知識がそこそこというのは微妙ですね。

とりあえず、世の中にはいろいろのレベルの知識を持った方がいます。
その人たちの判断は間違っていることもよくあります。

こうした人たちの発言がデマになるのでしょうかね。
デマと言ってしまえば間違った情報(判断)となりますが、
そういう人たちは「間違った」とは思ってないわけで、専門家とは意見が違うだけと言うでしょう。

ただ、一つ言えることは発言するからには責任を持つべきで、
しっかりした根拠のもとに発言すべきです。
でなかったら、単に不安(デマ)をあおっているに過ぎないと思います。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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