FC2ブログ

東京で落し物

娘が関東方面に友だちと旅行したのですが、
旅行の最終日に友だちが財布を落としてしまったのです。
財布の中にはもしもの時の現金二千円と、帰りの新幹線の乗車券特急券、
東京の一日乗車券、通勤定期に運転免許証などが入っていたそうです。

東京駅で電車から降りて改札を出ようとしたときに落としたのに気付いたそうで、
乗ってきた電車の確認や落し物の届出が無いかの確認をしてもらったそうですが、
帰りの時刻までには確認ができなかったので京都に帰ってきました。

そして二三日後に、
警察から「落し物の届出があったので取りに来るように」と連絡があったそうです。

しかし、考えてみてください。京都から東京まで新幹線で片道10000円です。
往復20000円を使って、しかも会社を休んで取りに行けますか?。
「もう諦めろ」と言われたようなものです。

実際には、その友だちはお願いして送ってもらうことになったのですが、
それは免許証が落し物の中にあって本人の住所が確認できたからのようです。
と言うことは住所が確認できなかったら送れないということですよ。

東京で紛失届けをしているのだから、住所なんて分かってるはずです。
なのに何故送れないのでしょうね。

何のためにそんなバカなことを言うのでしょうね。
私には理解できません。
みなさんはどう思われますか。

スポンサーサイト

言葉は何を伝えているのか

「言霊」なんていいますが、何か言葉には魂があるような錯覚を抱いています。
魂とまでは言わなくても、何か伝えなければならない中身があるはずだと思っています。

例えば「リンゴ」と言ったとき、
それを聞いた相手の心には赤い色の丸い果物が思い浮かんでいるでしょうね。
何かが伝わったから思い浮かんだのだと思っています。
つまり「リンゴ」という言葉には中身があるからそれが伝わったのだとね。


私たちは、普通は単語一つで話すことはありません。
普通は文として幾つかの単語を組み合わせて使います。
例えば「冷蔵庫からリンゴ一つ持って来てください」というようにです。

料理教室で先生が生徒に頼んだのかもしれないし、
母親が子供に頼んだのかもしれませんが、
とりあえず、頼んだ人はリンゴが手元に届けばよかったのです。
それで「リンゴ」という言葉を使った目的は達せられるのです。

つまりは「リンゴ」という言葉の中身ではなく、
冷蔵庫の中にある「ナシ」とか「バター」とか「マヨネーズ」とかではない
「リンゴ」なんだということが伝われば用は足せます。

ここでは全く「リンゴ」の中身なんか必要が無いのです。
冷蔵庫の中のリンゴ以外との区別ができればいいのです。


言葉にはなんの中身も無いといいました。他との区別ができればいいとも言いましたが、
その言葉で区別ができないときは、区別のための言葉(修飾語)を追加すればいいのです。

冷蔵庫にリンゴがたくさんあってどのリンゴか区別できないときは、
例えば「青いリンゴ」とか「小さいリンゴ」とか「一番奥のリンゴ」とか、
区別(特定)できる修飾語を付け加えればいいのです。
ですから比較できるものがあれば、どんなものでも言葉で表現できるのです。

どんなときに怒りますか

何もないのに怒る人はいませんね。
もし、怒る人があったらその人は病気です。
何か心に引っかかるもの、許せないものがあるから怒るのです。

その引っかかるもの許せないものというのは、
多くの場合プライドを傷つけられるものですね。
平等に扱ってもらえなかったというのも、
下に見られたという意識(プライド)があるからですね。


それでは、同じ事柄はどんな場合も怒るかというと、そうでもないようです。
例えば、「バカ」と子供に言われたときと大人に言われたときとでは違いますね。
子供に言われてもたいていの場合は怒りませんね。

大人に言われると怒ることが多いですが、それでも怒らないこともあります。
明らかに自分より上の立場にある人には怒りませんね。
例えば、親とか先生とか・・・・・・。
それから大人でも、精神的に異常のある人、こういう人にも怒りませんね。

それが冗談と分かる場合も怒りませんね。
最初から分かっている場合は当然ですが、
向う向いて笑っているとかからかわれていることが分かると怒る気がしませんね。


こうして考えてみると怒ることって割りに少ないものですね。
今上げたものは心を傷つけられた場合ですが、
それ以外にも体を傷つけられても怒りますね。

みなさんはどんな場合に怒りますか。

今の教育は一つの価値観を押し付けている

以前にウサギとカメの話を書いたことがありますが、
あのウサギとカメの話は、カメのようにこつこつ努力することを勧めているもので
決してウサギの良さを勧めてはいませんね。

性格についても、明るく快活な生徒になることを勧めます。
暗くて陰気な生徒を褒めたりはしませんね。


人には個性があることは、このブログで何度も書いています。
そしてその個性は必ず良い面と悪い面があることも言ってきました。

ウサギは仕事が速いし、必死にならず気楽な性格という良さがありますし、
暗くて陰気な生徒は、静かで物事を冷静に見ることができる良さがあります。


誰にも良い面と悪い面があることを基本に教えてほしいですね。
落ちこぼれて回復が困難になる前に、
その子の良さを見つけて伸ばしてやることが必要と思います。

生きる目的

そんなこと考えて分かるわけがない。そうですよね。
そんなことは考えることではないのかもしれません。
なのになぜ、人間だけがこんなことを考えるのでしょうか。

他の動物たちは、生きるために獲物を取らなければなりません。
何のために生きるのかを考える前に、腹が空いているのです。
腹が空いているから獲物を取って食べる、それが生きることなんです。

ところが人間は、やたら学校で勉強して、やたら試験を受けて、
自分の好きな(必ずしも好きとは限らない)職業に就く。
そして給料で食料を買って食べます。

毎日会社でしていることが直接空腹を満たすことに関係がないのです。
だから「なぜ」と考えたくなるのです。

単純に「すべて生きるため」と割り切っている人もあります。
何か直接人の役に立つことをしたいという人もいます。
そして「何のために生きるのか」を求めて迷い続ける人もいます。


動物にとっては獲物を取って「生きること自体」が目的なんですが、
人間は「何のために生きるか」その「何のため」が知りたいのです。

はっきり言ってその答えはありません。
でも、人それぞれに好きなことというのがあると思います。
その好きなことに向かって進むことが、生きる糧になると思うのです。

人間には欲がある

人間には欲がある。
当たり前のことですが、それがなかなか分からないのですね。

人間は食べなければ死んでしまいます。だから食欲があります。
性 欲もなければ人間は滅んでしまいます。
ここまでは誰でも分かっています。

ところが日常生活でそんなことを意識しますかね。
毎日会社に仕事に行って、給料でスーパーから食料を買ってきて、
料理して食べる。

それは当然の権利であって、何も悪いことはしてないし、
他人に迷惑も掛けていない。
誰からも責められることはないし、この生活を奪われる理由もない。
そう思って生活しています。


日本は比較的に平和で豊な国ですので、奪い合うなんてことはありませんが、
少し貧しい国になると奪い合いも起きるでしょう。

また、物は豊であっても今すでに得ているものは離したくないものです。
だから、給料を減らされたら怒りますし、
給料が多いからといって少ない人に分けたりはしませんね。
いくら領土が広くても隣の小さい国に分けてやるなんてこともしません。


「奪い合うのではなく、助け合いさえすればこの世は天国となる」
この言葉はどなたかのブログで頂いてきたものですが、
なかなかそうはいかないのは、人間には欲があるからなんですね。

受け取り方にも個性がある

少し前の話になりましたが韓国の女優の自殺が話題になりました。
その原因は、ネットなどでのバッシングなどにあったようですが、
バッシングをしているという男性の話では
「もっと強くなるように激励している」というのです。

彼はそういう価値観の持ち主で、
自分のしていることに全く罪意識がないのです。

しかし、バッシングが激励になるとは思えないし、
彼のしていることは悪いことと思えますが、
彼自身の価値観では悪いことではないのです。


自分がしてほしいと思うことは人にも施す。
それを彼は実行していたわけですが、
その考え方では問題があることを知ってほしいのです。

受け取り方にも個性があるのです。
自殺した女優の個性とバッシングしていた彼の個性が合ってなかったのです。
自分が良いと思っても相手にも良いとは限らないのです。

お経は現代語で

日本人が「仏教」と聞いて思い浮かべるのは
葬式とか法事などでしょうか。

その葬式や法事ではお経を聞きますが、
何を言っているのか分かりませんね。

死者を送る厳かな気持ちになるわけでもなく、
死ひいては生についての思いがわいてくるわけでもありません。

少なくともお経を聞いて
そういう気持ちになることはないと思います。

一般人が仏教に接する貴重な機会ですから、
せめてお経を現代語にしてはどうでしょうかね。

そうすれば少しは仏教について
理解が得られるのではないでしょうか。

国会答弁で思うこと

尖閣諸島関連の政府答弁はふがいなかったですね。
しかし、質問する側の姿勢の貧しさにもあきれます。
その質問が中国に対してどういう影響を与えるかを考えているのでしょうか。

私は船長を釈放したことについては問題は無かったと思いますので、
それを追求するのがどれだけ国益になるのか疑問に思ってます。
船長を釈放しても尖閣諸島の領有を譲った訳ではありませんからね。

裏で何があったにしろ、今後の日中関係を考えて、
領有は譲らないけど中国の希望を入れて釈放したのでしょう。
日本は関係改善に努力しているということが国際的にも伝わるし、
逆に中国の立場は国際的には悪くなると思います。
現にそういう方向に向かってきましたよね。


質問する側は、何とか政府の尻尾を捕まえようと必死ですが、
それは国益のためというより、わが身のためなんですね。

批判するのは簡単ですが、
もっと国益のためにどうしたらいいのか提案をされてはどうでしょうか。
これはマスコミにも言えることだと思います。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ブロとも一覧
月別アーカイブ