FC2ブログ

みんなに好かれる必要はない

常々言っていることですが、人の価値観というのはいろいろで、
どれが良いというものではないし、まったく正反対の価値観もありえます。

ということは世の中のすべての人に好かれようなんてことは考えられないことです。
せいぜい半分の人に好かれていれば充分です。

逆に考えれば、世の中の人の半分くらいは好きな人で残りは嫌いな人とも言えます。
好きでも嫌いでもないという真ん中の人もいるかもしれませんがね。

ここで考えてほしいのは、嫌い=間違い、ではないということです。
自分は嫌いでも、他の人は好きかもしれませんからね。

矛盾しているように見えますが、自分は嫌いでも相手を認める必要があります。
そうでなければ社会は混乱します。争いになります。


とりあえず、すべての人に好かれる必要はありません。
認めてもらえるように自分を表現していればいいと思います。

人の評価など気にしない。つまり自分の気持ちだけで行動している、
という人もいますが、そこまで行くとまた問題がありますがね。

スポンサーサイト

なんでもかんでも病気 ??

最近はなんでもかんでも病気にしてしまう傾向があります。
何とか依存症とか、何とか障害とか、
とにかくそれは異常で直さなければならないもの、という考えがその基にあります。
あるべき姿に達していなければ異常で、あるべき姿へ直すべき対象となる訳です。

しかし、そんな完璧な人間ているのでしょうか。
みんな長所もあり短所もある人間で、それが個性なんです。
その短所を異常として直してしまっては、個性も消えてしまわないでしょうか。

そのようにして画一的な人間を作ることは、
社会にとっては大きな損失のように私は思います。
いろいろの個性(特技)を活かさなければ損でしょう。


異常だからと言って直すのではなく、
個性を活かしてゆくということを考えた方がよいのではないでしょうか。
そのことを表面に出してゆくことの方が、社会のためになると思いますね。

どう思われますか。

虫の知らせ

生きていると、不思議なことってあるものですね。

遠く離れた二人が、同じことを考えていて、どこかで偶然出くわすとか、
故郷に無性に帰りたいと思っていたら、父親が死んでいたとか、
掛け離れたところで何かが起きたときに、そのことが自分の心に反映する、
こういう現象を人は「虫の知らせ」といいます。

しかし、私は虫の知らせなどというものはなく、
相手も自分と同じことを考えている確率の問題、
あるいは、ある事柄と自分の思いが同時に起きる確率の問題だと思っています。

例えば、故郷に無性に帰りたいと思ったからといって、
いつでも父親が死ぬわけではないのです。
よく故郷に帰りたいと思っている中で、たまたま今回父親が死んだだけではないでしょうか。


人間は何でも白か黒か決着をつけたがりますが、
白と黒の間にはいろいろの段階があると思うのです。
人間を、縁のある人とない人の二種類に分けるとか、
あるいは、虫の知らせがあったかなかったのどちらか、というように分けるのではなく、
二つの現象が一致する可能性(確率)の問題で、
どの時点でも一致する可能性はあるのですが、虫の知らせはたまたま一致した場合だと思います。

こういう考え方をしてしまうと、人生は詰まらないものになってしまいそうですが、
みなさんはどう思われますか。

他人

他人の心というのはなかなか分からないものですね。
他人が現在に至った経緯も簡単には分かりません。

自分と価値観の違う人などは、不思議に思えます。
あんな考え方などとても理解できない、と思うくらいならまだいいですが、
あまり違いすぎると嫌悪感を覚えます。

私は常々、人はいろいろの個性があって、長所も短所もあると言っています。
でも、それが分かっていても、嫌な人というのはいるものです。


91歳の方が書いた45の人生訓の中にこういうのがあります。
「誰かを嫌うには人生は短すぎる。」
つまり一生かかっても他人の心は分からないものだ、ということです。

もう一つこういうのもあります。
「他人の人生と比べるな。人がどんな軌跡をたどったのかなど、分かりはしないのだから」
つまり、他人の見えているところ(結果)だけを比べても仕方がない、ということです。

他人の心や経験、それを土台としている現在の言動、
それらを知るにはかなりの労力が必要です。
そこまでできるだけの時間も余裕もありませんから、
理解することは、まず不可能ということでしょうね。
同じように、自分のことも他人には理解してもらうのは困難です。


そういう前提のもとに他人を理解しなければならないわけです。
というか、理解しようとすることは無駄に見えてきます。

私は、他人について考えるときは、「どんな人にも神は平等に与えている」
正確には「与えているはずだ」ということです。
そういう前提で他人をみていると、その人の良い面が見えてくるものです。
騙されたと思ってやってみてください。

大人になるってどういうこと Ⅱ

「大人になるってどういうことⅠ」では、自分を確立すること、
つまり自立することが大人になることとしました。

他人に頼る事無く自分で判断することが自立だとすると、
何でも自分の判断が良いということになり、
他人の判断を軽く見たり間違っていると思ったりしがちです。

しかし、価値観というのはどれが良いというものではありません。
どの価値観にも良さがあり、それは好きか嫌いかの好みの問題であることに気付くと、
自分の判断が絶対でないことにも気付き、
他人の判断にも耳を傾ける必要が出てきます。

大きな心、つまり大人の心というのは、
自分を確立するとともに、他人の立場を理解できることでもあると思います。


となると、いつでも自分の立場を押し通す、
つまり自分の心に正直に行動することはではなくなります。
相手の考えが理解できるのであれば、
自分を抑えて相手を立てても悪くはないのです。

何か「大人・・・Ⅰ」の結論と矛盾するようですが、
違いは「自分の判断で」相手を立てているというところでしょうか。
大人になるというのはそういうことではないでしょうか。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ブロとも一覧
月別アーカイブ