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投票結果発表

「お前は悪だ」と言われたらどうします?。
という質問に答えていただいたのですが、以下はその結果です。

  選択肢                 比率 人数
1 何も悪いことはしていないので怒る 5.0% 1人
2 馬鹿なやつだと相手にしない 30.0% 6人
3 「悪で悪かったな」と開き直る 5.0% 1人
4 「悪やで、気を付けてな」と言う 30.0% 6人
5 「ごめんね」と謝る 30.0% 6人

選択肢が最大で五個までしか作れないので、
「その他」の投票は予想されたのですが、
「その他」選択肢を作ると、
その分また選択肢が減るので作りませんでした。

結果、「その他」の方はコメントに書いていただいてましたが、
奇しくも皆さん同じ理由で、
「悪と言われる理由を聞く」というものでした。
それも 6票 もあったのです。

個人的には4と言うと思いますが、
1とか3ももっと投票があると予想していました。
多分「その他」の6票に投じられた方は、
「悪だ」と言われるはずがない、という思いがあったと推測されますので、
本来は1に投票されていたのではないかと思いますが、
これは独断になるでしょうか。

ご意見・感想をお寄せください。

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独裁者も時には必要

「独裁者」というと、あまりいいイメージがありませんが、
それでは民主的になんでも進めればよいかというと、そうでもなさそうです。

民主的に進めようとすると、いろいろの意見が飛び出して、
どっち付かずの中途半端な結果に終わることが多いですね。

今の日本を見ていると、
もっと強いリーダが引っ張ってくれないものかと思ったりしますが、
この強いリーダというのは、言葉を変えれば「独裁者」ですよね。

今のイラクを見てください。フセインという独裁者を失った結果です。
昔のイラクが良かったとは言いませんが、
少なくとも平和が保たれていたのです。


民主的にいろいろ議論するのはいいのですが、
いつまでも意見がまとまらず、
いつまで経っても行動に移れないというも困ったものです。

日本に「素晴らしい独裁者」が現れてほしいと思うのは、
私だけでしょうか。

成長の時代はもう終わったのです

株はリスクはあるが銀行の利息などよりは収益が大きいので、
投資の対象とする企業や団体が多いですね。

個々の株では株価が上がったり下がったりしますが、
全体の大きな流れで見たときには大きな出来事でもない限り、
「株価は上がるもの」という信仰があるようです。
その裏には、社会は成長し続けるという思い込みがあります。

だから株はどんどん上がってゆくのですが、
社会の実勢より以上に上がってしまったとき、
ちょっとした切っ掛けで、暴落するのです。
そして世界中が不況に陥ります。

なにも世界中が景気が悪いわけではないのです。
ちょっと実勢より株が上がり過ぎていただけです。


成長の時代はもう終わったのです。
横ばいかちょっとだけ成長するくらいと思った方がよいと思います。
株を運用する企業や団体は、それぞれの責任で、
株が上がり過ぎていないか見極める必要があります。

ふたたび、混乱を起こさないためには、それが必要のように思いますが、
皆さんのご意見を聞かせてください。

信じた分だけ世界は広がる Ⅲ

疑いが少しでもあれば排除し、
残ったものだけで世界を構築すると、独我論に至りますが、
例えば1%でも疑われたら排除というのはどうなんでしょうね。
つまり100%信じられないとだめというわけですが、
99%信じられるのに排除していいのでしょうか。

独我論者というのは自分で考えただけで結論を出そうしますが、
99%信じられるものを、
実際に信じてみて行動してみるということはしないのです。

独我論者にかぎらず哲学者というのは、
机上で考えるだけで、試してみるということはしないのです。


科学の中で机上だけで学問するのは、数学か論理学くらいのもので、
その他の科学は、検証したり調査したりしながら、
考えの確からしさを確かめながら学問します。

数学や論理学というのは論証するもので、検証の必要はないのですが、
それは人間の推理のあり方を形式化したものだからです。
ところが哲学というのは、人間の生き方や世界のあり方を考えるもので、
現実の人間や世界に照らして、検証されなければならない部分というのがあるのです。
その一つが、99%信じられるものを信じて行動するなどという作業です。


そのように現実に行動して確かめることで、
信じてよいと確信できるものが増えてくれば、
独我論者のように、自分だけしか信じられない状態から、
行動して信じせれた分、
世界が広がったことになるのではないでしょうか。



つづく、

テレビって必要なもの ??

我が家のテレビはダイニング・ルームにありますが、
誰か家族がいるときには、いつも点いています。
ところが、音量が非常に小さいのです。

テレビを見ていても、音声が聞き取りにくいため、
内容を理解するためには、
「多分こう言っているのであろう」と推測して理解しなければなりません。

まあ、最近のテレビは大した内容のものはほとんどないので、
それでも何ら支障はないのですが、
時には見たい(知りたい)内容のときがあります。

そんなときは、テレビの前に座って音量を上げるのですが、
そうすると、家族から「音が大きい」と叱られるのです。

そのとき家族は会話をしていたり、何かに熱中していたりで、
要するに会話などの邪魔になると言うわけです。


ということは、誰もテレビを見ていないのです。
テレビって必要なものなんですかね。

人は変わるもの

人の心は年とともに変わってゆくものです。
経験を重ねるごとに考え方や価値観が変わってきます。
いい方に変わるか、悪い方に変わるかは、
その経験の内容にも因りますし、その人の性格にも因ります。

犯罪者も変わります。
刑を終えて戻ってきても、
同じ目で見ていては、よくなるものもならなくなります。

大事なのは、今現在のその人の心であって、
過去にどういう人間だったかではないのです。


ただ、問題なのは、
持って生まれた性格や、これまでに染み付いた性格が、
どこまでいい方向に変われるかです。

持って生まれたものや、染み付いたものは、
そう簡単には変わるものではない、というご意見も否定はできませんが、
かと言って、そう決め付けるのも問題がありますね。

ましてや、どこまで変わったかを験してみるとか、
罠にかけて犯罪を起こすかどうかを験してみるなど、
そんなことは、するべきではないでしょう。

とりあえずは、信じてあげる必要があります。
人は変わるものと信じることが必要です。

信じた分だけ世界が広がる Ⅱ

疑い得るすべてのものを疑って、
疑い得ないものだけで世界観を作るとしても、
現実の生活は疑い得るものと関わりなしには生きられません。

例えば自分の子供の心は直接感じられませんが、
だからと言って疑って「子供には心はない」と思う人はいないでしょう。
子供と関わりなしには生きられません。

子供にも自分と同じ心があると「信じて」子供と接するはずです。
そのようにして子供は自分の世界に入ってきます。
つまり、それだけ世界が広がったわけです。


子供だけではありません。
学校の先生や地理の教科書を信じることによって、
世界は地球にまで広がり、
天文学を信じることによって、世界は宇宙にまで広がります。

人間社会についても同じです。
人の話を信じ、会社の規則を信じているから、
給料が一ヵ月後でも不安にならずに働けるのです。

世界はそのようにして信じた分だけ広がります。



つづく、

葬儀場建設反対 ??

最近「葬儀場建設反対」という看板やのぼりを見かけます。
これは私が住んでいる京都だけなんでしょうか。

反対されているのは、その葬儀場建設予定地近辺の商店街の人たちです。
反対の理由は「街こわし」だというのです。

これが私には分からないのです。
火葬場の建設ならまだ分からなくはないのですが、
葬儀場がどうして「街こわし」なんでしょうね。

葬儀場の建設建設予定地は、空きビルや空き地などですが、
商店街にそんなところがあるよりは、
葬儀場でもなんでも店が開いている方が良いと思うのですがね。


葬儀場を建設しようとしているのは、冠婚葬祭を扱うある会社ですが、
私はその会社には嫌な印象こそあれ、何の借りもありません。

私は、そんな反対をする商店街に反感を感じるのですが、
みなさんはどう思われますか。

信じた分だけ世界が広がる Ⅰ

世界をどのようなものと解釈するか、
哲学ではいろいろの議論がありますが、
そんな中に、自分のみが信じられるものである、
とするいわゆる独我論があります。
かなり人気のある世界観です。

この独我論の欠点は、
現実に今生活している社会などその他が疑わしいもの、なんて考えにくいこと。
また、信じられるとしている自分だって、
疑うことも可能だということです。

私は思うのですが、
これまでのように世界を固定的にとらえるやり方ではなく、
人間一人ひとりに違った世界観、というか「世界」があるのではと。
どこまでを信じるかによって、
それぞれの世界ができるのだと思うのです。
信じた分だけ世界が加わり、広がるのです。

つまり、一人ひとりの信じた範囲が、
一人ひとりの世界であり世界観なのです。


こういう考え方には、
「信じるなんて不確かなものに根拠を置いて、裏切られたらどうするのか」
という批判がありそうですが、
それでは「疑い得ないものなんてあるのか」
と考えてみてください。


つづく、

あっしにゃ関係ねえことでごぁんす

今朝のニュースの項目

     「自民党のせめぎあい激化」

私の感想

     「あっしにゃ関係ねえことでごぁんす」


我々凡人には関係のないニュースって割りとありますね。
株式ニュースなんてその最たるものです。

株を買って「儲けた」とか「損をした」という話はよく聞きますが、
パチンコをして「儲けた」とか「損をした」という話と似てますね。

株なんて博打みたいなもんでしょ。
あれをニュースにするなんて、神経を疑いますね。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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