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  • ここでの科学とは、物理学に代表されるような自然科学を指しています。科学の進歩は凄いですね。「科学的」と形容されるだけで、そのことが信用されたりするくらいで、科学は日常生活とも密接に結びついていて、みんな科学を信じていると言ってもいいくらいです。「いや、自分は科学を信じているのではなく、自分なりに納得をしている」と言われる人もあるかもしれません。確かに、学校で学ぶにしても、実験をしたりして納得し、論... 続きを読む
  • 子供は純心でいいですね。でも、そのまま大人になったら気持ちが悪いですね。この感覚はどこから生まれてくるのでしょうか。子供のうちは社会生活をする上で必要な心構えが教えられます。他人に迷惑をかけてはいけません。嘘をついてはいけません。社会の規則は守りましょう。環境を汚さないようにしましょう。清潔にしましょう。その他、いろいろ。子供のうちは失敗をしながらも、それを一生懸命守ろうとします。しかし、大人にな... 続きを読む
  • ここでの「他人」とは、自分以外の人のことです。みなさんは、どのくらいの人を信じていますか。親は信じていますよね。夫や妻は信じていますか。恋人はどうでしょうか。親友なら信じられる、という人もいるでしょうね。まあ、このあたりまでは、絶対とは言えないまでも、たいていは信じていますね。それでは学校の先生はどうでしょうね。好き嫌いはあるかもしれませんが、教えられる内容は疑いませんね。とりあえずは、そのまま信... 続きを読む
  • 自分が死んだ後も世界は存在しているか。つまり、世界を認識する自分というものが、存在しなくても、世界は客観的に存在できるのか、ということです。これは疑うことの大好きな哲学者の疑問の一つです。普通、こんな疑問は本気では誰も持ちませんよね。それが証拠に、自分が死んだ後の財産の処分の方法を、遺言書に書いておいたりします。それは自分が死んだ後も世界は存在している、と思っているからです。自分が死んだ後に、自分... 続きを読む
  • 「信じる」を広辞苑で引くと「まことと思う」「正しいとして疑わない」とあります。しかし、これではいろいろの場合があって、同じように扱うと問題を生ずる場合もあります。少し具体的にみてみましょう。「信じる」とは誰かの話を信じること、あるいは、誰かが作ったものを信じることです。その誰かの話(作ったもの)の信じ方にも、いろいろの場合があります。①、その話が論理的に矛盾がないので信じる場合、②、その話が具体的で信... 続きを読む
  • 哲学というのは疑える限りのものを疑って真理にたどり着こうとします。したがって、「信じることにしておこう」なんてことは、哲学者にとってはあり得ないことです。それでは何が疑う余地のないものと言えるかというと、自分で確かめたこと、ということになるでしょうか。まあ、細かいことを言い出すと、それでも問題はあるのですが、とりあえず、自分で確かめたことなら「間違いない」と思えます。しかし、考えてみてください。こ... 続きを読む
  • 上のジャケットは、レスピーギの作品ばかりを集めた2枚組です。収録曲目は、次の通りです。交響詩《ローマの松》 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮: マゼール(ロリン) 交響詩《ローマの噴水》 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮: カラヤン(ヘルベルト・フォン) 交響詩《ローマの祭り》 クリーヴランド管弦楽団 指揮: マゼール(ロリン) リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲 フィルハーモニア・フンガリカ... 続きを読む

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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