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自分の生き方と他人の生き方

自分の生き方があり、他人の生き方がもう一方にあります。
自分の生き方も他人の生き方も同じであればもちろん問題はありませんが、
それが異なっていると問題が生じてきます。
もちろん異なっていてもどちらかが間違っているという性格のものではありません。
どう生きるかというのは言わば好みの問題なのですから・・・。

ただここで問題なのは、自分の生き方を維持し、他人の生き方を尊重するというのは、
一見すると矛盾しているように見えることです。

今、自分の生き方と対立する生き方があったとします。
自分の生き方の良さを説明するくらいはいいとして、
自分の生き方を押し付けようとすると喧嘩になります。
これが個人の話に止まっている間はまだいいのですが、
それが国家間の話になると、戦争になることもあります。

そこで相手の生き方(個性)は尊重しようという考え方が生まれてきます。
ま、どちらの生き方が良いかを議論しても仕方がないとも言えます。

なのに議論が絶えないのはなぜかと言えば、
人類にほぼ共通の価値観というのがありそうに見えるからです。
例えば「人を殺してはいけない」というような価値観です。
人類共通の価値観にみえます。

しかし、よくよく考えてみてください。
死刑は人を殺すことですが、死刑は賛成か反対かとなると意見は分かれます。
「戦争なら人を殺してもよい」という人もいるでしょう。
また、「末期がんで苦しんでいるなら殺してもよい」と思う人もいるでしょう。
だから、生き方(価値観)というのはどれが良いとは言えないのです。

とりあえず、生き方というのは人それぞれですので、他人がとやかくは言えません。
他人の生き方(個性)は尊重しなければならないわけです。
そうなったとき、自分の生き方との調和をどう取るかが問題になります。

他人の生き方(個性)は尊重しなければならないとしても、
それらの個性が共同生活するとなれば、価値観の違いによる様々な衝突が生まれてきます。
それらをどう調整しバランスをとるか、様々の個性が共存するためにはどうしたらよいか、
それを議論するのは意味があると思います。

自分の生き方(個性)を押し付けようとするとトラブルになりますが、
自分の個性を社会に提供し、他人の個性も提供してもらって、
自分も含めたいろいろの個性の社会への位置づけをすることで社会を構成する、
それは理想の社会ではないでしょうか。

しかし、例えば人を殺してもよいとする生き方と、
殺してはいけないとする生き方が共存することはできません。
それも議論は必要ですが、おそらく多数の意見(殺してはいけない)に従っていたたくことになるでしょう。
もちろん、特殊な場合は反対意見(殺してもよい)も認めるという形で・・・。

私たちは国家単位で法律を制定し、それを守ることで共同生活しています。
個性は尊重されなければならないが、それは少なくとも「法律を守る」という制限がついています。
国家間の問題については、国際法や国連というのが、法律になるのでしょう。

したがって、自分の生き方を押し付け主張するのはトラブルの元ですが、
国のあり方、国際間のあり方については大いに議論していいと思うのです。



2007/10/18

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差別の根

社会にはいろいろの差別がありますが、
そういう差別はどこから生まれてくるのでしょうか。
差別というのは、ある一定の基準をもとに、
そこから外れたものを特別扱いするところにあるのではないかと思うのです。

ある一定の基準=それはあるべき姿、と解釈するところに差別の根があるように思います。
極端な話が、ある一定の基準から外れると異常と言う訳です。
異常だから特別な目で見、差別するのです。

この世界での生き方に、ある一定の基準=それはあるべき姿などというものはないと思います。
いろいろの生き方があっていいのですよ。
「生き方」と言いましたが、考え方だけではなく、姿形も違うように、
片腕がなくても片足がなくても、それぞれに生き方があります。
家族のあり方についても、いろいろの形がありますが、
片親だから、親がないからといって特別扱いは禁物です。

それらはすべて異常ではなく個性です。
差別されるいわれはありません。
あるべき姿、理想の姿を作り上げるということは、そこから外れるものも生み出すことになります。
差別の根はそんなところにあるのではないでしょうか。



                    この記事は2007/10/14に書いたものを再投稿したものです。

夢はなぜ見るのか

心理学の本には、人間が夢を見るのは、
現実では満たされない願望を夢の中で実現しようとしているから、とあります。
これはフロイトとユングの理論に基づく考え方と思われますが、
凡人の私にはどうしてもそれが理解できないのです。
もっと素直に考えられないものでしょうか。

人間は目覚めているときは何かを考えています。
昨日の仕事のことを思い出しているかもしれません。
明日の旅行のことを考えているかもしれません。
そして、希望や夢などの自分の願望を思い巡らすこともあるでしょう。

眠ってはいなくても、目を閉じることができますが、
そのときも何かを考えています。
目を開いているときとの違いは、視覚情報が遮断される分、より考えている何かが明確になります。

寝るときはどうでしょうか。
寝床に入って横になり目を閉じます。やはり何かを考えています。
考えていることは、今日の出来事など目覚めているときとほぼ同じでしょう。
そして意識は朦朧してゆき、考えることにも一貫性がなくなり、最後には眠りに就きます。


人間が夢を見るのは、浅い眠りのレム睡眠のときだそうですが、
一晩で4~5回はレム睡眠があり、4~5回は夢を見ることになります。
おそらく眠りに就くときもレム睡眠状態にあるのでしょう。
このレム睡眠のときは、脳は目覚めているときと同じ状態に動いているそうです。

眠りから目覚める直前もレム睡眠状態にあり、そのときに夢をみるのですが、
これは眠りに就くときとは逆に、目覚めるための準備段階です。
何か特別なことがここで起きる必要はないように思います。
単に眠りに就くときとは逆のコースをたどるだけだと思います。

実際にも、見た夢を思い起こしても、
満たされない願望を実現しようなどという意図は読み取れないときが多いです。
まあ、人間が生きるということは大なり小なり願望を抱いて生きるのですから、
そういう意味ではいかなる思いも願望にはつながるでしょうが、
それなら取り立てて言うことではないということにならないでしょうか。



                    この記事は2007/10/10に書いたものを再投稿したものです。

合わない性格

合わない性格の人って、いるものですね。
「あの人どうしても苦手なんです。」なんていう人いますよね。
世の中にはそういう人っているもので、いわゆる価値観の違う人。
自分の価値観とは合わない。
だからよく意見が衝突する、そういう人です。

その苦手意識が強くなると、嫌いになってきます。
そのときどう思うかで、世の中の見方が変わってきます。
自分の価値観が絶対で、それと合わない人は間違っていると思うか、
世の中にはいろいろの価値観の人があり、
それぞれがあり得る価値観なんだと思うかです。

自分を絶対と思うと、合わない人の存在が許せなくなります。
そういう人と接するたびにストレスが溜まります。
話をすると不愉快なので、その人を避けるか、
話を合わせば消化不良になってしまうし、
自分の話を通せば、時には喧嘩になります。

しかし、他の価値観もあり得ると思えば、存在を許せます。
あの人はああいう人だから仕方がない、と許せます。
もっと積極的に認められるようになれば、
その個性を尊重もできますし、その人の良さも見えてきます。
そしてその人の個性が羨ましくなり、憧れの対象にもなります。

それでも、どうしても認められないということもあることも確かですが、
自分の価値観が絶対ではないことに気付くことは大切だと思います。



                    この記事は2007/9/24に書いたものを再投稿したものです。

悩み事は預けましょう

よく「ガンを苦に自殺」などというニュースを聞きます。
ガンと宣告されただけで自殺する人があるのですが、考えてみればおかしな話です。
ガンになって死が近くなったことを、苦にしての自殺ですが、
自殺をすればなお死が近くなるのです。
なぜ、こんな矛盾したことをするのでしょうか。

人間は、たいていの人は死ぬのが恐いものです。
ガンになったら必ず死ぬとは限りませんが、疑心暗鬼になって悪い方に考えてしまいます。
つまり、死と向かい合って生活することになります。それに耐えられなかったということですが、
それで自殺するのは、先にも言ったように矛盾しています。

その理由を考えてみるに、死と向き合うことに耐えられない、
その耐えられない「自分」を無くすために自殺をするのでしょうか。
これは必然的な結末でしょうか。それは違うように思います。
同じ状況でも自殺する人としない人があります。それはどこが違うのでしょうか。

自殺して「自分」は無くすのではなく、苦しんでいる自分の心は預けることができます。
悩み事でも、人に話すと少し気持ちが軽くなります。
自分一人で悩まず、悩みを人に分けることです。悩みをすべて人に預けましょう。
病院の先生は一番頼りになる人です。自分の命を先生に預けましょう。
そして悩む心も一緒に預けましょう。
それでもまだ不安なときは、神仏にも心を預けてみましょう。

ガンだけに限らず、悩み事は全て預けましょう。
とりあえず、悩み事は自分一人で解決しようとしないことです。



                    この記事は2007/9/13に書いたものを再投稿したものです。

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極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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