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民事不介入というが?

警察というのは刑事事件を扱うところで、
民事には介入しないという原則があります。
民事とは、人と人との法律関係をいうようですが、
行き着くところは、損得勘定で、
損害賠償しなければならないかどうか、に関わることです。

警察は民事不介入を理由に、例えば交通事故の状況の説明などを拒否します。
しかし、事故の状況というのは、純粋に物理現象で、
そこには良い悪いなどというような損害賠償に関わるような判断は含まれていません。
それを悪いと判断し、賠償責任があると判断するのは、それから後のことです。

よって事故の状況の説明はしても、民事に介入したことにはならないと思います。
交通事故やその他事件など、ただちに現場へ駆けつけて、現場検証をするなど、
一番よく状況を知っているのは警察であり、
民事の処理が正確にスムーズに進めるためにも、
警察は、もっと積極的に状況の説明をしてもよいように思います。
みなさんは、どう思われますか。

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MJQ


数少ない好きなモダン・ジャズの一つがMJQです。
MJQのどこが好きかって、それはサウンドです。
ピアノ、ヴィブラフォン、ベース、ドラムスというブラス抜きの楽器編成、
これが何とも爽やかですね。

MJQはリーダーはいないのですが、
ピアノのジョン・ルイスの編曲はサウンド作りには欠かせない存在でしょうし、
ヴィブラフォンのミルト・ジャクソンの奏でるスウィング感溢れるメロディー・ラインも
MJQには欠かせないものです。
ベースのパーシー・ヒース、ドラムスのコニー・ケイは目立たないですが、
これまたMJQを支えている存在です。

写真はアルバム「コンコルド」のジャケットですが、
私はこの中の「朝日のようにさわやかに」が好きです。
8分近い演奏ですが、少しも長く感じません。
最初と最後のミルト・ジャクソンの主題の演奏が素晴らしいですね。

思っただけでは罪にならないが

人を「殺したい」と思っただけでは、罪にはなりません。
第三者から見れば、何も起こっていないのですから、罰せられる事はありません。

人間誰しも、してしまったら罪になるようなことを考えることがありますが、
宗教的理由などから、考える事も罪になると思っている人もあるようです。
そして、そうした事を考えるようなことをしないように努めている人もあるようです。
しかし、それは無駄な努力と、私は思います。

人間には欲望があって、それを取り去る事はできません。
取り去る事は死を意味します。
欲望と共に生きるしかないのです。であれば、
罪になるようなことを考えなければ生きられない自分を自覚するしかないのです。

最近、とみに凶悪な犯罪が増えてきています。
そうした犯罪者をみるとき、別種の人間をみるような目で見てしまいますが、
実は同じ種類の人間が自分の中にもあることが分かります。

そこまで見えてきたら、すべてのものが違ったものに見えてきます。
社会を見る目、人間を見る目が変わってきます。
価値観が変わってくると言った方が良いかもしれません。

Y字路での合図

Y字路に差し掛かったときのウインカーの出し方ですが、
当然ながら左に行くときは左のウインカー、右に行くときは右のウインカーを出します。

しかし、もし交差点がYの字ではなく、rの字の形だったらどうしますか。
左は直線で、右は右カーブになっています。
左は直線だからウインカーは出さないという人もかなりありそうですね。
右にカーブするのも、道なりに進むのだから、これもウインカーはいらないともいえます。
こういう交差点でのウインカーの出し方は難しいですね。

ここまでの話は、道路幅員については全く触れませんでしたが、
どちらかが広路または幹線道路の場合は、優先関係が生まれてウインカーはいらなくなります。
しかし、それ以外の場合は優先関係はなく、ウインカーが必要になります。

いくら直線であっても、ウインカーは点灯していないと、
事故になったときには過失が問われますので、ご注意ください。

こころ

こころは寂しがり屋で、ひとりが苦手です。
ひとりになると、ものごとを悪く考えてしまいます。
だからこころには仲間が必要なのです。

他人のこころは見えません。
他人のこころは言葉として表され、その言葉でこころをみます。
だから、自分を知ってほしいのであれば、言葉で表す必要があります。

黙っていたために誤解されたことありませんか。
黙っていなくてもぞんざいな言葉で誤解されたことありませんか。
だから丁寧に言葉でこころを表現しましょう。

自立と依存

親が子供を育てるということは、
親の手を借りなくても良いように自立させるということです。
それは当たり前のことですし、誰でも簡単に分かる事と思います。
だから「自立させれば良い」という事だけを考えて、
できるだけ自分でさせて手を掛けないようにする考え方もあります。

しかし、手を掛けないで育てるということは、
子供と接触する機会が少なくなるということです。
子供と親の接触というのは、
無駄なように見えても非常に重要な役割を果たしています。

子供と接触するときには言葉を使います。
言葉の発達には欠かせないことですし、
何よりも社会生活に欠かせない人間同士のつながり、
心のつながりを学ぶ場でもあります。

子供が成長するためには、
どうしても通過しなければならない過程があります。
詳しいことは発達心理学にお任せしますが、
子供は親に依存して成長するのです。
何か自立させるのに矛盾しているように見えますが、
心身の発達には依存というのは必要なのです。

そして、ある時点まで発達すれば自然に自我が芽生えてきて、
親が手元に置いておきたいと思っても、
自然に巣立っていくものです。

人類は果たして進歩しているのか、パート2

今日、科学技術は発展し、
人間はたいした努力もしなくても生きて行けるようになりました。
結果、人間はだんだんものぐさになって、
できるだけ手をかけないで済ませる方法を考えます。

子育てにしてもそうです。できるだけ簡単に済ませようとします。
ところが生身の人間は原始の姿のままです。順を追って育ててゆかなければなりません。
「簡単に」と考えるクセのついてきた人間には、
それができない人が出てきます。育児放棄です。時にはわが子を殺してしまいます。

そこまでにはならないにしても、お金に任せた手抜きの子育てになってしまいます。
そうして育てられた子供も、また、お金でしか物事が考えられない人間になります。

科学技術の発展は、人類に楽に生きる方法を教えてくれました。
果たしてこれは人類の進歩なのでしょうか。
思い通りにならないと、すぐにキレてしまう若者が増えています。
楽に簡単に済ませるように生きてきた(育てられた)人間は、
我慢するという習性(遺伝子)を失っているのではないでしょうか。

理論と現実

理論と現実、ひらったく言えば理屈と実際ということです。
ゼノンのパラドックスと言うのをご存知と思います。

ある人が目的地に到達するためには、まず目的地までの中間地点を通過する必要があります。
その中間地点を通過しても、そこから目的地までの中間地点は設定できます。
だからそこも通過しなければなりません。
同様に考えてゆくと通過する必要のある地点は無限に存在することになり、
目的地には到達できないことになります。

なぜこのようなパラドックスが起きるのか、凡人の私には分かりませんが、
凡人の私にも分かっていることは、実際は目的地にたどり着けるということです。
理論=理屈だけで考えると、このゼノンのような誤った判断を下す可能性があります。

人間は原子よりは大きいが惑星より小さい大きさです。
その範囲で分かる世界に生活しています。
理屈で物事を考えるにも、この範囲を超えることはなかなかできないのです。

哲学と言えば、机の前に座って腕組みして考えるというイメージがありますが、
そのようにして組み立てられた理論が、現実と合致しているとは限らないのです。
そこに哲学の限界があります。

そのままの自分でいい(人間関係で悩んでいる人へ)

人と付き合うのが苦手という人はかなり多いと思います。
またそういう人に限って、人に対して大層気を使っていて、
言葉を選び、傷つけないようにと心を配っています。
それだけ気を使えば、さぞかし人間関係はうまくいっているであろうと思うのですが、
それが本人にとっては、全くうまくいっていないのです。
そして性格のどこそこが悪いと自分を責めるのです。

そのままの自分でいいのです。何も変える必要はありません。
誰でも例外なく長所も短所もあります。あなたにもあります。
それを自覚するだけでよいのです。

「そのままの自分でいい」そう思うだけで自分に自信が湧いてきます。
そして何かに囚われていた心が自由になります。
性格も変わってきます。明るくなります。

いちど試してみてください。

CCR


CCR(Creedence Clearwater Revival)は、
65年にゴリウォッグスという名でシングルを発表しました。
その後67年にCCR(クリーデンス・クリアーウォーター・リバイバル)と改名し、
「スージーQ」に始まり「プラウド・メアリー」「トラベリン・バンド」など、
発表する曲すべてをヒットさせてゆきます。
しかし、5枚目のプラチナ・ディスク「ベンデュラム」を71年に発表した後、
翌年に解散してしまいました。

上の写真は6枚組のベストアルバムですが、ゴリウォッグス時代のものを初め、
「雨をみたかい」などの名曲がずらりと収録されています。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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