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シ゜ム・クロウチ


ジム・クロウチは、1973年9月20日コンサートを終えた後、
次の目的地にプライベートのチャーター便で向かうとき、離陸に失敗して事故で他界してしまいました。30歳という若さでした。
生前に発売されたアルバムは3枚、死後に発売されたアルバムが5枚残されています。
私が一番好きなクロウチの曲は

    写真と思い出(photographs and memories)

です。この曲はファースト・アルバム「ジムに手を出すな」(写真はベストアルバム)に収められていた曲で、
アコースティックなサウンドのバラードです。2分くらいの短い曲ですが、
こういう優しい曲を聴くと日常を忘れさせてくれます。
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ウサギは鳥か

ウサギは一羽・二羽と数えると教わりますが、
実際に家でウサギを飼っていたときには、一匹・二匹と数えていました。
日本語の物の数え方には、100種類前後あるようですが、
一般的に使われているのは、20種類前後でしょうか。

辞書に出ている数え方で、珍しいものを拾ってみました。
遺骨を一体と数えるのは分からなくもないですが、
織物を一匹と数えたり、大砲を一門と数えたりすることは、ほとんど知られていません。
他にも、琴を一面、ちり紙を一締め、羊羹を一棹などというのも一般的ではありません。

ウサギを一羽と数えるようになったのは、
宗教的理由から四足の動物を食べなかった時代に、ウサギだけは食べても良いように、
特別扱いして、食べても良い鳥と同じ数え方にすることで、食べることが許されたのだそうです。
ウサギは鳥ではないのです。それを牛や豚を食べる時代になった今でも、一羽と数えさせているのです。

業界用語としていろいろの数え方が残っているのは良いと思いますが、
それを一般庶民にまで、使うように押し付けるのはどうかと思いますし、
まして、学校でそれを教えるのはどうでしょうか。
それだけならまだしも、他の数え方を間違いとするのは行き過ぎです。

視聴率が高ければ良い番組か

視聴率を高くすることは、制作担当者の至上命題になっているようです。
視聴率を上げるために、視聴者に頼んで視聴率を操作していたという話がありましたが、
それほどではなくても、視聴率をあげるためのヤラセは普通に行われているし、
真実を曲げてでも番組を面白くすることを最優先する制作態度が見受けられます。

少し前までは「テレビが言っていた」と言えば「それは間違いない」と判断できたほど、
テレビに対して信頼感を持っていましたが、
最近はテレビも地に落ちたもので、週刊誌並みの評価しかできません。
「テレビが言っていた」と言っても、すぐには信用が出来ないのは、私だけでしょうか。

テレビ番組と言っても、いろいろのものがあり、必ずしも良い悪いに関係のないものもありますが、
視聴率の高い番組に限ってヤラセ番組が多いように思います。
視聴者側も、もうそれを承知していて、そのように番組を見ています。
視聴者自身が良い悪いを判断し、真実かヤラセかの判断をしている状態です。

もうマスコミ崇拝の時代は終わりました。
視聴者自身が判断し、賢くならなければならない時代だと思います。

科学を信じて生きている

人間に生まれたときに与えられたもの、つまり裸の体だけで出来ることには限界があります。
人間の感覚器官でも視覚は最も発達している器官ですが、細菌のように小さいものは見えません。
行動器官でも走れる速さには限界があるし、持てる重さにも限界があります。
また、記憶できる量や正確さ、計算できる速さや正確さにも限界があります。

人間はその限界を道具を使うことで乗り越えてきました。
顕微鏡という道具で細菌を見ることができるし、車やジェット機を使うことで地球上のどこへでも行けます。
コンピューターという道具を使えば、高速で正確に多量のデータを処理することができます。
これらの道具を作るための技術、そしてさらにその基礎には、物理学の成果があります。
人間はそれらの科学技術を信じて生活しています。

家の中を見渡しても、電話器・テレビ・パソコン・冷蔵庫・洗濯機・その他道具が溢れています。
どれも日常の生活には欠かせないもので、それらが無くなると不便なものです。
電話器の向こうで聞こえる声を、「友人の雅之君ではない」と疑ったことなどありません。
冷蔵庫は低温に保って食物を腐らないようにしてくれると思っているし、
テレビは世界のニュースを伝えてくれていると思っています。
パソコンでブログをしても、匿名ではあるが誰かと会話していると信じています。

このように、現代の人間は科学技術を信じて生活しています。
しかし、哲学者は自分で直接確認できることしか「間違いないもの」とは認めず、
すべてのものを疑ってかかるのです。
当たり前と思っていることに疑問を感じて、思索することが哲学で、それは必要なことと思っているのです。
どこかおかしいと思いませんか。

信じて生きているシリーズ第2弾です。

言葉と社会

人間には外界からの情報を受け止める感覚器官と、外界に働きかける行動器官が備わっています。
そして感覚器官と行動器官の間には心があって、行動に指針を与え制御しています。
つまり心で何をするかを決め、行動器官で行動し、行動しながら感覚器官で情報を受け止め、
また心でどう行動するかを決定します。それを繰り返しながら生きています。
しかし、それだけでは自分一人の世界でしかありません。
そこに言葉が加わることによって、人間は他人との繋がりが生まれ、社会を作ることができます。

自分の心で判断できないときには、例えば「明日の天気予報は晴れだった?」などと、
誰か(他人)に聞きます。そのとき使う文は疑問文です。
その疑問文を受けた誰かが、自分の心に代わって判断をしてくれます。

自分の行動器官では行動できないときは、例えば「お風呂にお湯を張っておいて」などと、
夕食の支度で忙しい妻がいいます。そのとき使う文は命令文です。
その命令文を受けた私が、妻に代わってお風呂にお湯を張る行動をします。

このようにして、言葉を使うことによって、本来自分がすることを他人に代わってもらえます。
言葉を使うことで、本来自分がしなければならない目的が、自分を離れて、
人々の間を移動してゆきます。

毎日毎日人々は、言葉を使ってコミュニケーションを図っています。
ある人は商品を仕入れるため電話で話し、ある人は、恋人にプロポーズするためメールします。
また。ある人は、航空機の安全を守るために、言葉を使って管制します。
そしてマスコミは世界の出来事を言葉で報道し、国は国民の権利・義務を言葉で制定します。
このようにして、自分を離れた目的は世界を駆け巡るのです。

フリオ・イグレシアス


ベスト曲を一曲選ぶコーナーの第4弾です。
今回はフリオ・イグレシアスの一曲を選びました。
フリオ・イグレシアスもいい曲がたくさんありますが、
日本では「黒い瞳のナタリー」が一番知られている曲でしょうか。そしてこの曲

    ビギン・ザ・ビギン

も大ヒットしました。この曲が私が独断で選んだ一曲です。
このビギン・ザ・ビギンは、コール・ポーターが作曲したスタンダード・ナンバーで、
多くの楽団・歌手が演奏・歌唱していますが、フリオ・イグレシアスのものも屈指の名唱です。
1981年発売の「イザベラの瞳」というアルバムに収録されています。

人間は多くの人を信じて生きている

「信ずる」ことと「疑う」ことは、人間が生きてゆく上で必要な心の機能です。
人間が生きるのに「信ずる」ことと「疑う」ことのどちらの比重が大きいか、
統計を取った人はいないと思いますが、「半々ぐらいかな」と思う人もあるかもしれません。
実際は、信ずることの方が圧倒的に多いのです。

毎日、何人の人に会うでしょう。通勤電車の中、街の雑踏、会社の同僚、得意先の人、
その他、数え切れない程の人に会っています。
しかし、会った人の何人の人を疑うでしょうか。多分ほとんどないでしょう。
レストランに入っても、注文した料理に「毒が入っているか」などと思ったことはありません。
ウエイトレスや料理人を信じているからです。
もし、今信ずることを止めたら、怖くて外出することができなくなるでしょう。

にもかかわらず、哲学者たちは「自己疎外」とか「他人のまなざし」などと、
他人を疑い、他人と関わることをマイナス・イメージで捉えています。
そして、生きる上で大きな比重を占めている「信ずる」ことに無関心なのです。

所詮、人間は一人では生きて行けないのです。
いかに疑うことが得意な哲学者といえども、日常生活では自分の家族や友人や近隣の人々、
その他社会の多くの人々を信じて生きているに違いありません。
もっと「信ずる」ということに関心を持ってもいいのではないでしょうか。
「信ずる」ところには平安があります。

あまりにも当たり前のことなので、こんなことを考えるのは馬鹿げていますが、
そのことに気づいていない人が多いのです。
人間が信じて生きていることには、他にもいくつもありますが、
とりあえず今回は第1弾として、人を信ずることについて書きました。

「客観的」とは

「客観的」という言葉は、一般的にもよく使われる言葉ですが、
その意味は、言われているほどはっきりしたものではなく、曖昧なものです。
広辞苑によると、客観的とは「特定の個人的主観の考えや評価から独立で、普遍性をもつこと」とあります。
要するに、主観に支配されない考えや対象を言うときに使う言葉のようです。

一般的には「客観的」という言葉には二つの意味があります。
その一つは、人間の精神に関わりなく、外界に独立して存在しているもののことです。
もう一つは、自分の個人的な判断ではなく、第三者的な公平な判断のことです。

前者は哲学などで、知るという人間の行為に対して、知られる対象を言う場合などに用いられるもので、
あまり一般的な用法ではありません。
後者が、一般的に用いられている用法で、平たく言えば「世間一般で認められていること」です。
世間というのも人間の集まりですので、その考えも主観の集まりということになります。
そういう意味では、客観的の意味「主観に支配されない」とは言えないので、
客観的とは言わずに「間主観的」という言葉を当てることがあります。特に哲学などでは・・・。
しかし、「間主観的」という言葉はあまり一般的ではないので、ここでは用いないことにします。

この後者の「客観的」は、よく考えてみると、その判断基準が分からなくなります。
第三者的な公平な判断と言っても、どうなったら客観的と言えるのかが分からないのです。
世間一般に認められていると言っても、すべての人に聞いて確認することなどできません。
それでは、どうしてそれが客観的であると判断できるのでしょうか。
これはかなり難しい問題で、凡人の私には分かりません。
一般的には、その場に居合わせたもの同士が、「客観的」と認めたら客観的になるというのが通例です。
「客観的」とは、こんな曖昧な用い方がされており、それで通用しているのです。

幸福について

この世界に生まれたものは、誰も幸福を願わないものはないと思います。
しかし、何が幸福かという問いに、答えられる人も少ないのも確かです。
果たして何が幸福なんでしょうか。

「幸福だなあ」と思えるときを考えてみましょう。
おいしい料理をたべたとき、素敵な彼女(彼氏)が見つかったとき、
自分の家が建ったとき、宝くじで1億円が当たったとき、
その他自分の夢がかなったときなど「幸福だなあ」と思うときかもしれません。
これらは、これまでの自分より一段高いところへ行けたから、幸福だと思えたのでしょう。
しかし、その状態がしばらく続けば、それはもう一段高いところではなく普通になり、
幸福もまた消えて行きます。そしてまた幸福を追い求めるのです。

「幸福とは何か」について書いた本は、沢山発行されていますが、
「幸福」の上記のような性格から、「心の持ちようである」とするものもありますし、
普通の状態で、消えてゆかない幸福を探そうとするものもあります。
その一番典型的な例が「生甲斐を感じられる仕事」に幸福を求めるものです。
これは悪くはない結論ですが、やむを得ず納得をする一つの妥協であると、私は思います。

「心の持ちよう」と言ってもいろいろあります。
「今が幸福なんだから幸福と思いなさい」と言われても、簡単にはそうは思えません。
それでは努力をして、幸福と思えるようにしようとしても、どうしたらよいものか分かりませんが、
その一つの方法が「信ずる」という心の持ちようです。

疑うところには、不安が付いて回ります。
信ずるところには、安らぎと癒しがあります。
これだけでは中々理解していただくのは困難と思いますが、
「信ずる」ことにつていは、これまでにも度々述べてきましたし、
これからも述べてゆきたいと思います。それらを参考にしてください。

文学では善悪の判断はできない

人間はいつでも理性的で合理的に判断し、行動しているとは限りません。
笑いや涙に動かされて行動することも多いはずです。
だからこそ、文学や映画やドラマが成り立っているのです。
人間は感情の動物と言われますが、案外、非合理で非理性的な動物なのです。
とんなに整然と論理的にまとめられた文章より、感情に訴える方が人を動かすことができるものです。
そこに落とし穴があります。

文学は物語として表現されることが多いです。
一般に小説などの物語は、作者がことの善し悪しを判断し、
その判断に合致するように物語を作り上げたもので、
その作者の判断が善いという保証は、どこにもないことが多いのです。
にもかかわらず、読者は主人公や登場人物の感情に惑わされて、
何が善いかの判断を見誤ってしまいます。

ノンフィクションの場合も同じで、
例えば、その人は運良く成功したかもしれませんが、
同じようにしたら誰でも成功するとはかぎらないのです。

決して文学を否定的に位置づけするつもりはありませんが、
しかし、文学はその魔力的な魅力を悪用して、人を誤った方向に導くことがあることを、
頭に入れておかなければなりません。

よって、文学作品で善悪の判断はしない方がよいのです。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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