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  • 仏教用語に「而二不二(ににふに)」という言葉があります。 「而二不二」とは、「而二」と「不二」の二つの言葉がくっついたもので、 二つであって二つでない という意味です。 「而二(にに)」とは、一つのものを二つの面から見ることで、 「不二(ふに)」とは、二つの面があっても、その本質は「一つ」である、ということです。 (ブログ「正心寺」より 紫花大慈師)例えば、岩瀧山 往生院六萬寺 川口 英俊氏は「而二不二」とは... 続きを読む
  • 人とのコミュニケーションのとき「言葉」を使うとしても、そのとき「言葉」は人(相手)に何を伝えているのだろうか。こういう疑問に答えようとするのが、哲学ないし言語学の意味論である。 言葉の意味については、諸説があるが、 私は言葉の意味を、他の言葉と相対的に位置づけされる考えている。 言葉の意味が相対的に形成されているということを説明するのに、もっともよい方法は、 比較(相対)する相手がない状態を考えてみる... 続きを読む
  • パラドックスとされる実例は沢山あるが、最も典型的なものはラッセルのパラドックスと言われているものである。しかし、記号を使った集合論はなかなか理解は難しい。このラッセルのパラドックスについては、ラッセル自身がパラドックスを避ける方法を考えていますが、ここではタイプの異なるパラドックスや珍現象などに共通の解釈を異論はあると思いますが、書いてみました。張り紙のパラドックスと言う親しみやすい例で言うと、「... 続きを読む
  • 古来、「言葉」とそれが示している「対象」との関係について、いろいろの議論がされてきたが、現在なお、その結論は出ていない。しかし、その結論がどうであろうと、その間人間の歴史は発展してきている。素朴実在論と言うのがあるが、それは一般的に人間が生活する上で前提としている立場で、この世界は自分の目に見えたままに存在しているとする考えである。ジェームズ・ギブソンが主張した「直接実在論」やプラグマティズムの立... 続きを読む
  • 物や事や心と対応する「単語」があり、その単語を組み立てて「文」をつくる。その「文」になって初めて状況が表現できる。現実の「言葉(単語~文章)」は日常のコミュニケーションから思考や空想の世界へ広がり、文学や芸能など幅広く用いられる。ここで初めて「言葉」がシステムとして扱えるようになる。システム論は、生物や人間社会の仕組みも構造体としてとらえるもので、二次元的にあるいは三次元的にとらえられる。複雑系とか... 続きを読む
  • 一つの例で話すと、地図という良くご存じのものがあるが、この地図というのは現実の土地(もの)があって、それを縮小して書いたもので、 距離は縮小されているが、位置関係など相対的関係はそれで分かる。この地図は現実の土地(もの)のモデルとして位置づけされていて、 地図上のある地点とある地点の関係は、 現実のある地点とある地点の関係に対応しているのである。 言葉も現実の事柄と対応しており、現実のモデルと位置づけでき... 続きを読む
  • 哲学をするでも、人とのコミュニケーションでも言葉を使う。言葉はコミュニケーションの「道具」であり、思考の「道具」でもある。コミュニケーションは何かを伝えることが目的であり、伝わればいいとも言える。分からないときは、相手の気持ちを翻訳して受け取ることもあるし、最近流行の言葉を使えば、相手の気持ちを忖度するということもある。この言葉というものをどう位置づけするかは非常に重要である。 言葉を構成している... 続きを読む
  • 「心」の働きは非常に複雑で、その構造を捉えるのは難しいが、幾つかの種類にまず分けることから始める。心の種類として何があるかは「心の構造Ⅰ」で述べたように心が現れている用言に何があるか調べれば分る。調査の結果、心の種類として、事実判断、価値判断、感情、懸け、信疑、自我、欲望、祈り、の八つが確認できた。ここで「信疑」というのは「信じる」と「疑う」の二つを一緒にした私の造語である。「祈り」というのは人間... 続きを読む
  • 世界を分解してその個々の関係を世界の構造として構築したが、その中の「心」について、さらに細かく分けてその構造を探りたい。そこで「心」を分析するための出発点として、心が表に現れる「言葉」を心のモデルとして捉え、言葉の中から「心」の状態を表す単語(用言)を抜き出し、それを分類し分析して「心」の構造をさぐるのである。言葉についての科学としては言語学がある。かなり広範囲に対象が広がっており、その中の意味論や... 続きを読む
  • ブログ散歩中にこんな記事を見つけました。アメリカの野球場で野球を観戦中に球場の外から飛んできた銃弾が腕に当たったのだそうですが、「腕で良かった。頭や顔だと大変だった」という記事です。腕を負傷するより頭や顔を負傷する方が大変ですし、誰もがそう思います。頭や顔を負傷するよりは腕の方で良かったわけで、ここでの良い悪いはあくまでも相対的な判断なのです。ですから論理的には何の間違いもありません。ちょうど元復... 続きを読む

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極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

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