FC2ブログ

年寄りはつらいよ Ⅲ

最近、日にちや曜日が分からないことが多い。
それは当然で、仕事はしていないし子供も独立して、
曜日などが分かる事柄が身の回りから消えたからです。

今、曜日が確認できるものとして、ゴミ出しがあるのですが、
自分が思い出せないと意味がないもので、
それが今つらいことになっています。
曜日が分からないと、何のゴミを出せばいいのか、
それが分からないのです。

携帯電話やパソコンを見れば分かるのですが、面倒ですね。
テレビの画面のどこかに日にちと曜日の表示をお願いしたいのです。
ゴミ出しなどの朝の時間帯だけでいいのです。

年寄りはつらいよ。
スポンサーサイト

年寄りはつらいよ Ⅱ

最近、これに関連する記事を書きましたが、
これはその追加です。

熱中症の話ですが、
毎日のようにテレビなどで報道されていますが、
熱中症にならないための対策など専門家の方が
かなりの時間を使って説明をしてくださいます。

ここまでは前にも書いたところですが、
もちろん、それはありがたいお話ではありますが、
熱中症になりやすい年寄りにとっては、
そんなにたくさんのことを覚えてられないのです。

覚えたつもりというよりは、
一生懸命覚えようと頭に詰め込もうとすると、
一番大切なことは何か分からなくなってしまうのです。

年寄りはつらいよ。


年寄りはつらいよ Ⅰ

年々、年を重ねて体力も精神力も衰えを感じます。
その衰えを少しでも補おうと、いろいろのご意見が
若い元気な方からでてきます。

例えば食べ物、「野菜をたくさん食べよう」とか
麺類やお茶漬けなど炭水化物中心の食事ではなく、
「タンパク質・ビタミン・ミネラル」なども摂取するようにとか、

体力を付けるために、ストレッチなどの軽い運動が必要とか、
認知症を防ぐために、
やはり運動や栄養や知能訓練などが必要と言うのです。


それでなくても、年寄りは体力や精神力が衰えてきているのに、
やれ「これを食べろ」とか
やれ「こうしろ」とかいろいろ言われると
心がついていけなくなるのです。

長生きするのもつらいものですね。
年寄りはつらいよ。

はばかる決意

車でドライブに出たときの話しです。
後部座席にはカミさんが乗っていて、
話しをしながら走っていました。

「今、幸せやけどね、一つだけ心配なことがあるねん」
「憎まれ者世にはばかる、と言うやろ」
「どうもワシははばかりそうな気がしてなあ」と言うと

カミさんは「はばかったらええやん」と言うのです。
それではばかる決意をした次第です。


こういう冗談を私はショッチュウするのですが、
ときどき、冗談に取ってもらえなくて困っています。
このときは冗談と受け取ってもらったのでしょうかね。
これまた悩みが一つ増えました。

原子は存在しない

学校でもどこでも物質は原子から出来ていると言います。
しかし、何を根拠に原子というものが存在すると判断しているのでしょうか。

今私の目の前にコーヒーカップがあります。コーヒーカップは間違いなく存在しています。
そう思う根拠は、目で見る事ができるし、手で触る事ができるからです。
しかし、原子は目で見る事も手で触る事もできません。
最先端の物理学の研究者ですら、直接見る事も触る事もできないのです。
すなわち、原子というものは人間の想像の産物にすぎないのです。
そう言って差支えがあるなら、帰納的に推理した結果、存在すると判断しているに過ぎないのです。

それでは神はどうでしょうか。神は存在するのでしょうか。
神は存在しないというひとは、神は見えないし触る事もできないと言います。
しかし、この世界の成り立ちや不思議を思うとき、
それを創造した神の存在を推理しても、不思議ではないでしょう。

もし、神が存在しないというなら、原子も存在しないと言っているのと同じではないでしょうか。
ご意見をお待ちしています。



                    この記事は2006/5/15に書いたものを再投稿したものです。

トイレの後の手洗いは意味がない

公衆便所といったら、ちょっと前まではかなり汚いイメージがありましたが、
最近は少しは良くなったようです。
でも、同じ入るならホテルの便所へでも入って用を足したいものですね。

しかし、便所というのはどこも不衛生という点では、変わりがありませんね。
便所へ入ったときのことを考えてみてください。
大でも小でもよいのですが、仮に大としましょう。
大の個室に入って用を足してから、紙でお尻を拭いて、
下着をはいてズボンなりスカートなりをはいてから、個室を出て、
洗面所で手を洗ってハンカチで拭く。これで清潔に用を足せたと思っています。

しかし、よく考えてみてください。
手を洗う前に下着やズボンを触っており、
手に着いたウンコやオシッコは、その下着やズボンに着いてしまっています。
だから、トイレの後の手洗いは意味がないのです。

「手を洗うのは、ドアの取っ手のばい菌を落とすためだ」という人もあるかもしれませんが、
それも個室に入るときに取っ手を握っていますので、
そのときに着いたばい菌も下着やズボンに着いており、
その後に手を洗っても意味がありません。

「凡人てなんて不潔な奴」と思わないでくださいね。
これはジョークですのでよろしく。



                       この記事は2005/10/2に投稿したものの再投稿です。

地球は平らである


このごろすっかり地球は丸くなってきましたね。
いつごろから地球は丸みを帯びてきたのでしょうか。
「おいおい、馬鹿なことを言うなよ。地球は最初から丸いよ」
という声が聞こえそうですが、凡人の私には地球は平らに見えます。
上の写真を見てください。まさに地球は平らです。

我が家の前は坂道になっていますが、これは地球が丸いからではなく、
少し山手の住宅地だから坂道が多いのです。
我が家の二階の寝室は、ボールが転がるほど斜めになっていますが、
これもベッドの重みで床がたわんでいるためで、
地球が丸いからではありません。
グランドの距離を測るときも、
球面として測ることはなく、平面として測ります。
このように日常生活をする上で、
地球が丸いと考える必要など全くありません。

アインシュタインの相対性理論によれば、
互いに行動する物体では時間の経過が異なるそうです。
しかし、自動車で行動してもジェット機で行動しても、
他の人と時間の経過が異なることはありません。
実際には何億分の1秒かは異なるようですが、
日常生活には影響がなく、無視して生活しています。
それと同じです。日常生活では地球が丸いと感ずることはなく、
僅かな球面は無視して生活しています。
だから地球はまだまだ平らなのです。



       この記事は2005/9/15に投稿したものを再投稿したものです。

太陽が地球の周りを回っている

朝、目が覚めると東側の窓に太陽が見えます。
そして夕方には西の山に太陽が入ります。
どう考えたって太陽が私(地球)の周りを回っています。

なのに、どうして地球が太陽の周りを回っていると教わるのでしょうか。
偉い人の説明では、「その方が宇宙の仕組みを単純に説明できるから」といいます。

それでは朝の「太陽が昇る」現象はどうでしょうか。
「地球の自分がいる面が太陽に方に向いた」とでも説明すれはよいのでしょうか。
「太陽が昇る」とどちらが単純に説明できているでしょうか。
一目瞭然です。「太陽が昇る」の方が単純ですぐに分かります。
「地球の自分がいる面が太陽の方に向いた」では何のことやらすぐには理解できません。
だから太陽が地球の周りを回っているのです

これはいわゆる天動説か地動説のどちらを取るかの話ですが、
天動説も地動説もある視点からみればどちらも正しいのです。
視点が異なれば、正しいものも変わってきます。
私のような凡人は、まだ天動説の世界で生活しています。

地動説は宇宙に視点を置いた説明で、
天動説は日常生活に視点を置いた説明です。
そしてどちらも正しいのです。

ほんのつまらないジョークですが、分かっていただけたでしょうか。

泥棒にも十分な道理

テレビのワイドショーなどで、有名人の家に泥棒が入った、
などという話題がでることがあります。
有名人の豪華な家が映って「ここから犯人は侵入した模様です」などと、
リポーターが案内します。
そして決まって同情されるのは、被害者の有名人の側です。

もし、犯人が飢えをしのぐために泥棒をしたとしたらどうでしょう。
それほど極端でなくても、ほんの少し贅沢をしたいために泥棒したとしたら、
同情されるのは泥棒の方ではないでしょうか。
泥棒をしなければ生活が維持できない境遇なのです。
泥棒に入られた有名人は、それでも明日の生活には困らないのです。

私たちは、とりあえず生きてゆくのに、つまり食べるのに困ることはありません。
そういう枠組みのなかで、法律を守り、社会規範を守っています。
その枠組みからみれば、泥棒の方が悪いから同情される側にはならないですが、
食べることにも困る状態では、私たちの枠組みは崩れてしまいます。
だから同情される側も逆転します。

泥棒にも十分な道理があるのです。
これはジョークとしたいのですが、あまりにも現実的ですね


                   この記事は2005/10/22に投稿したものを再投稿したものです。

トイレの後の手洗いは不要

公衆便所といったら、ちょっと前まではかなり汚いイメージがありましたが、
最近は少しは良くなったようです。
でも、同じ入るならホテルの便所へでも入って用を足したいものです。

しかし、便所というのはどこも不衛生という点では、変わりがありませんね。
便所へ入ったときのことを考えてみてください。
大でも小でもよいのですが、仮に大としましょう。
大の個室に入って用を足してから、紙でお尻を拭いて、
下着をはいてズボンなりスカートなりをはいてから、個室を出て、
洗面所で手を洗ってハンカチで拭く。これで清潔に用を足せたと思っています。

しかし、よく考えてみてください。
手を洗う前に下着やズボンを触っており、
手に着いたウンコやオシッコは、その下着やズボンに着いてしまっています。
だから、トイレの後の手洗いは意味がないのです。

「手を洗うのは、ドアの取っ手のばい菌を落とすためだ」という人もあるかもしれませんが、
それも個室に入るときに取っ手を握っていますので、
そのときに着いたばい菌も下着やズボンに着いており、
その後に手を洗っても意味がありません。

「凡人てなんて不潔な奴」と思わないでくださいね。
これはジョークとして受けとってほしいのです。


                   この記事は2005.10.2.に投稿したものを再投稿したものです。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ブロとも一覧
月別アーカイブ