FC2ブログ

トンビは悪いやつ

今朝、連休中の行楽地の映像がテレビで流れていたが、

バーべキュウの肉をトンビにさらわれている映像である。

トンビは人間を恐れることなく、人間が肉を口に運んでいるところを狙って、

肉をさらって行くのである。

トンビとは何とも悪い奴である。


それは違うでしょうね。トンビは人間を恐れているはずです。

トンビにとっては人間を恐れている場合ではないのだと思う。

生きるためにエサが必要なのである。

肉を取られた行楽客もトンビを許して笑っている。


そこで、ふっと自分も「トンビ」であることに気付く。

いろいろ私も生きるために食べているし、

日常をみても私は「悪いやつ」である。

トンビに免じてお許しください。


スポンサーサイト

貧乏人はつらいよ Ⅷ

先日、テレビのショップチャンネルで、
シュレッダーの宣伝をしていた。

プライバシー保護のために、情報流失を防ぐ。
それが売り文句である。

それで思ったのだが「流失して困る情報って何か」と、
流失する預金もないし、流失して困るようなことはしていないし、
「ワシはシュレッダーは要らん」と。

貧乏人はつらいよ。ではなく、
貧乏人は強いよ。

貧乏人はつらいよ Ⅶ

曲はポールモーリアの「ビンボー」です。

最近、スーパーでうな丼の半額が出るので、
夕食によく買って帰っていたが、
半額で640円だったうな丼がさらに値上がりしたのだ。

値上がりして半額で740円なのだが、
その値札を見て家内が「中国産のウナギやったら一匹780円で出ていることもある」
「しかももっと分厚いし大きい」というのである。

なんともビンボー(貧乏)丸出しの話である。
貧乏人はつらいよ。

(この記事は絶対アップしないように、と家内のキツイ御達しがあったが、
それを無視してアップしました。)

見知らぬ人


久しぶりに街に出た

行き交う人たちの顔、顔、顔、

見知らぬ人の顔ばかり

「あっ、あの人?」、やっぱり人違いか

あの時よく立ち寄った本屋さん、もうカラオケ店に変わっていた

そうそう、この裏にあったレコード屋さん、まだあった

お店の中に入ってみる

あのときの店員さんはもういない、見知らぬ店員さんが声をかけてくる

街はもう、見知らぬ人ばかり


(この記事はヤフーブログ終了に伴い
別のブログから移転したものです)

貧乏人はつらいよ Ⅵ

ヤフーブログが終了することについて、
いろいろの感想やご意見が直接・間接に入ってきますが、
そんな中で、
「月々300円くらいの使用料を払ってもいいからブログを継続してほしい」
というのもあると聞きました。

そこで思ったのですが、
「そういう気があるかないか以前にお金がない」
でした。

貧乏人はつらいよ。

貧乏人はつらいよ Ⅴ

本日、車屋さんから封書が届きました。
私はてっきり請求書が届いたものと勘違いして、
「まだ何か支払っていないお金があったのか」と思って、封を切ったところ
「ご購入御礼」というお礼の手紙が入っていました。

実は、先日車を乗り換えたのです。
凄く快適で気に入っているのですが、それが中古車で
まさかお礼の手紙を頂くとは思いもしなかったのです。

お礼を頂くほどの買い物でもなく、
苦笑しているところです。

貧乏人はつらいよ。

貧乏人はつらいよ Ⅳ

リサイクルショップでジーパンを500円で買ってきた。
いつも胴回りの寸法が合わずに失敗ばかりしていますが、
今回は合格でした。

ただ、丈が長いので「ハサミで切るわ」と言ったら、
家内が「そんなん寸法直しに出しても2000円くらいでやってくれる」
「安いもんやで」と寸法直しに出すようにと勧めるのである。

500円のジーパンを2000円で寸法直し、
考えるまでもなく、即ハサミでジーパンを切断した。

貧乏人はつらいよ。

ボトムアップ処理とトップダウン処理

認知心理学につて調べていたところ
ボトムアップ処理とトップダウン処理という言葉が出てきました。
この二つの処理方法は全く逆の方法で、初めて聞く言葉でしたが、
私が「私の哲学の方法」で述べた
従来の哲学の方法と私の哲学の方法の比較がすぐに頭に浮かんで来た。
従来の方法と私の方法も全く逆の方法だからである。

ボトムアップ処理とというのは、の違いについて、
具体的にソフトウェア工学での例で説明すると、
(ここでは「処理」=「設計」と表現されているが同じである)

「トップダウン設計は、段階的に詳細にしていく設計技法である。
最初にシステム全体を定式化し、その時点では個々の詳細には立ち入らない。
その後、システムの個々の部分の設計を段階的に詳細化していく。
最終段階では、実装に移せるまで詳細化する。
内部構造に立ち入らずに設計を行っている段階では、
各部分をブラックボックスとして扱う。

これに対してボトムアップ設計では、
最初にシステムを構成する個々の部品を細部まで設計する。
そして部品群を組み合わせてより大きな部分を作っていき、
最終的にシステム全体が構成される。」(以上、ウィキペディアより)

トップダウン処理というのは全体を一つのシステムとして捉え、
そのシステムに個をはめ込んでゆく方法である。
私の哲学の方法はまず一つの全体を分けて行き、
分けて出た部品は捨てることなくシステムを構成するのである。

ボトムアップ処理というのは端的に言えば、部品を一個一個積み上げて行く方法で、
従来の哲学の方法というのも個々を積み上げる方式である。
ボトムアップ処理と従来の哲学の方法との違うところは、
ボトムアップ処理はすべての個を積み上げ、それぞれの個を位置づけするが、
従来の哲学の方法は確かな個だけを拾い上げて、他は捨て去るのである。

実際のコンピュータの仕事での経験では
ボトムアップ処理とトップダウン処理をはっきり分けて使う必要はなく、
二つを組み合わせて仕上げて行くのが普通である。

異常と正常の境目 Ⅱ

「異常と正常の境目Ⅰ」の最後で
発達障害という言葉がいかにも「障害」=「異常」であるかのごとく扱われ、
みんな「普通」になろうとしている。と書いた。

しかし、世の中「普通」の人ばかりになって面白いですかね。
「普通」の人ばかりで世の中は上手く回って行くでしょうか。
いろいろの「普通」でない人も含めて、いろいろの個性を出し合って、
社会を構成していればこそ、社会は発展して行くのである。

「発達障害」という言葉で一くくりで処理すると、
異常でない個性のものまで病人扱いされて、
せっかくの個性を失うことになりかねないのである。

みんな誰でも、得意不得意というものがあるものだ。
「障害」とか「異常」とかではなく、「不得意なだけ」「嫌いなんだ」
「自分の性には合わない」と思うだけで、
「病気」とは思わない方が本人のためであると思う。


不得意の程度にも依るが、
現在のような扱い方には疑問を感じている。

一番楽な生き方

背伸びはしない。そのまま飾らない。
背伸びをしてもすぐばれる。
飾り立ててもすぐに剥がれる。

楽しいときは、もちろん笑っていい。
悲しい時は、泣いてもいい。
イライラするときは、不機嫌てもいいし、
腹が立ったら怒ってもいい。

つまり、そのままでいいのだ。
無理をして自分を作り出すことはしない。
それが一番楽な生き方だ。


前にも、こんな記事を書いたことがあると思うが、
もう忘れている。
忘れるのも楽な生き方だ。

「本当に楽に生きてるか?」と思う人もあるでしょう。
「怒るところで怒ってない」という人もありそうですが、
人それぞれに感情も異なるということを理解してほしい。
それこそそれも個性で異なるということです。

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ブロとも一覧
月別アーカイブ