FC2ブログ
  • 「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」は、哲学の一分野である形而上学の領域で議論される有名な問題の一つ。なぜ「無」ではなく、「何かが存在する」のか、その理由、根拠を問う問題。別の形、「なぜ宇宙があるのか?(Why is there a universe?)」「なぜ世界があるのか?(Why is there a world?)」「なぜ無ではないのか?(Why not nothing?)」などの形でも問われる。物事の根拠を「なぜ」と繰り返し問い続けること... 続きを読む
  • 哲学の存在論や認識論では認識主体と認識客体の二つに分けて二項対立図式で考えることが多いが、二つに分けるまではいいとしても、客体はそれ自体で存在するとかしないとか、そんな議論を始めるのである。そうではないのだ。二つに分けるということは、対立する二つとして捉えるのではない。その二つは互いに相手を支える相対的存在として捉えることが必要である。「物」がない「心」や、「心」がないときの「物」などはあり得ない... 続きを読む
  • これまで「何が「事実」か」という記事を書いてきたが、読み返して見ると、私が思う「事実」を列挙しているような記事になっている。そこには「事実」である理由が書いてないのである。誰が聞いても「事実」と認めるはずというくらいの気持ちで提示したもので、少なくとも多数の意見であるはずという気持ちで書いてある。しかし、それは正確ではない。私たちが日常生活で「これは間違いない」と判断しているものは、他にもたくさん... 続きを読む
  • ここまで、どういう場合を「事実」と判断するかを書いてきた。しかし、その「事実」というのは自分が一度だけ経験しただけでは誰もそれを「事実」とは認めないものである。例えば、よくある話でいうなら「UFO」とか「幽霊」とかがそれである。私の哲学の中に出てくるものでは「悟り」がそれである。こういう時に少しでも認めてもらうためにする方法の一つが、どうしたらその「事実」を体験できるか、その方法を示すことである。物... 続きを読む
  • 人間は生まれたときから親など誰かに育てられて成長する。何が成長するかといえば、体と頭脳が成長する。それは「事実」と誰も認められると思う。成長すると体(力)を使って何かができるようになる。それは自分の可能性が成長することとも表現できる。その可能性で自分の欲望を満たすことができる。これも「事実」である。(「成長」という言葉はプラスイメージの言葉であるが、必ずしもプラスとは限らず、マイナスのこともある。)そ... 続きを読む
  • 現代の世の中は、あらゆる情報があふれていて、そんな世の中のどこかに自分を位置づけして生きている。自分中心に位置づけするのはやむを得ないとしても、自分が所属している社会とのかかわりや、人間関係、それに毎日耳に入って来るニュースや話題に振り回されている。何が本当で何が嘘で何が冗談なのか、それらを選り分けて自分とのつながりを見つけようとしている。そして、ふと我に帰り自分の立ち位置が見えるときがある。それ... 続きを読む
  • 五官で感じられるもの以外で「事実」と言えるものとして「記憶」がある。正確に言うと記憶していたものを思い出したときの心の状態である。この記憶を「事実」とするのには少し違和感があるが、以下に考えられるように、記憶というのは私たちの生活に欠かせないものであることが分かる。記憶がなくては正常な意識が成り立たないのである。ほかに記憶に代えるものが存在しないのである。私たち人間は生まれてから毎日経験を重ねて情... 続きを読む
  • 大辞泉には「事実」とは、実際に起こった事柄、現実に存在する事柄、とある。哲学と言えども、この現実の世界を離れてはあり得ない。哲学は現実のこの世界についての学問だからである。だから哲学は、実際に起こった事柄や、現実に存在する事柄についてのことでなければ意味がない。誰れがどう言ってるかではなく、現実はどうなっているかなのである。「事実」とは、実際に起こった事柄、現実に存在する事柄、と言うが、この「実際... 続きを読む
  • 心と言葉の広場です。不思議な「心」、何が見えるか一緒に考える広場です。極楽トンビが不思議を捉まえてきて、以下はこれまでに書いた私の記事の主なものです。1 私の哲学の方法 https://shachihoko7.blog.fc2.com/blog-entry-1088.html 2 何が「事実」か  https://shachihoko7.blog.fc2.com/blog-entry-1404.html 3 世界の構造 https://shachihoko7.blog.fc2.com/blog-entry-1250.html  4 目的 https:/... 続きを読む
  • 哲学とは限らないが、どんな学問でもできるだけ多くの人に理解してもらうためにできるだけ易しい言葉で表現されることが望ましい。一方で学問は正確である必要性から、使う言葉の定義がなされることが多い。私は哲学をするとき、特に哲学専用の言葉を使うことはせずに人類が長い歴史の中で作り上げてきた生きた言葉の中から出来るだけ易しい言葉で単純に表現できるものを選んで使っている。以下は、私の記事に頂いたご意見である。... 続きを読む

プロフィール

極楽トンビ

Author:極楽トンビ
カテゴリーは哲学のつもりですが、過去の哲学の知識など持ち合わせていません。
普通の人の考えを大切にしたいのです。
ときどき、音楽でストレスを解消しています。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

ブロとも一覧

月別アーカイブ